ドイツがん患者REPORT 26 「ロニヤの洗礼式」

文・撮影●小西雄三
(2016年12月)

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

10月の終わりに

10月30日の日曜日。夜中の2時から3時の間に(午前3時になるとき、時計の針が2時に戻され、夜が1時間長くなる)、夏時間から冬時間に変更されました。これからは、日本との時差は8時間になります。

おかげで、11時半から始まる洗礼式に行くのに、ちょっと余裕ができました。僕のバンドで、ボーカルとフルートを担当しているフランツィに、赤ちゃんが生まれたのは今年の1月でした。ロニヤと名付けられた女の子も、今は、歯が何本か生えて、ハイハイもするようになっています。

キリスト教徒の少ない日本では、洗礼などあまりなじみはないでしょうが、今回はロニヤの洗礼式のことを書きます。

カトリックは厳格

キリスト教にも宗派がいろいろありますが、ドイツでは大きくはカトリックとイヴァンキルヒィ(プロテスタント)にわかれます。

ミュンヘンのある南ドイツでは、昔からのカトリックを信仰している人が多く、今でも「両方がカトリックでないと教会での結婚式は出せない」など、イヴァンキルヒィに比べるといろいろと制約が厳しいところがあります。都市の教会ではかなり緩くなってきていますが、洗礼など、今でも田舎の教会では規則が厳格で、融通がききません。

ロニヤの洗礼式が行われた教会

ドイツ生まれのドイツ人と結婚していますが、フランツィはポーランド人なので、すんなりいくかちょっと心配しました。しかし、かつて宗教を駆除してイデオロギーを確立させていった欧州の共産国だったのに、ポーランドはドイツ以上に信仰心が厚い人が多く、そしてカトリック教徒なので、そこは簡単にクリアされました。日本は仏教といえども無宗教に近いので、パートナーの宗教によって問題が生じることは想像しにくいと思います。

ドイツも先進国なのですが、信仰の自由はあっても、キリスト民主党が政権党のように、政権分離はされていません。キリスト教徒は、教会税を支払っていて、今でもかなり生活の中にキリスト教的なものが組込まれています。普段の生活はそうでなくとも、式と名のつくときは、カトリックの儀礼をきっちりと守ることが多いようです。

カトリックの洗礼の儀式

牧師さんが、一同をまず教会の入り口に集めて洗礼の意味を説き、巨大な教会の一部に作られた洗礼の場所に案内しました。

今まで何度か洗礼に参加したのですが、いつも祭壇で行われました。しかし、さすが大きな都市の教会、洗礼用の場所を作る余裕があると、感心。そして、音楽一家であるフランツィのお父さんがオルガンを奏で、家族が洗礼を祝う歌を合唱して式が始まりました。

牧師さんの説話の後、いよいよ洗礼の儀式です。

僕が参加した洗礼では、ここで、ジャブジャブと赤ちゃんの頭に聖水をかけるのですが、今回は聖水で濡らした指で赤ちゃんの額に十字を描くのみでした。ジャブジャブと水をかけられた赤ちゃんが、びっくりして大声で泣き叫ぶというイメージがある僕にとって、ちょっと拍子抜け。でも、赤ちゃんは泣かせないで、ニコニコ笑っていたほうが、やっぱりいいのかな。

父親に抱かれたロニヤ、その左がフランツィ

その後に僕のバンドが、1曲演奏しました。

普通、教会で演奏するときは、生ギターだけで演奏するのですが、ギターとボーカル担当のデーブが腕を怪我して、僕しかギターが使えないので、音量が半分になってしまいます。しかたがないので、ストリートミュージシャン用の携帯PAアンプを持っていって使いました。これは、以前、僕がストリートミュージシャンをやろうとして購入したもので、電源が要らなくて、どこでもある程度の音量で演奏ができるのです。しかし、僕のストリートミュージシャン計画は、妻の大反対にあい、実現できませんでした。

携帯PAアンプは結構重いのですが、伸び縮みする取っ手、底にはローラーがついていて、平坦なところは楽に移動できます。そのおかげで、ギター1本だけでも普段とそう変わらない演奏が出来たので、苦労して運んだ甲斐がありました。

「生まれてきた赤ちゃんの人生は、これからいろんなことがあるだろうけれど、心配はいらないよ」という内容の歌詞で、ロニヤが生まれたときにプレゼントした曲です。

バンドが演奏するなどということは、普通の洗礼ではありません。とくに儀礼にうるさいカトリック教会が、認めないかもしれないと心配しましたが、「赤ちゃんを祝う歌なのだからいいですよ」と、快諾してくれました。牧師さんはこの曲が気に入ったようで、演奏後、僕らに特別に話しかけてきました。「いい曲だった」と。

洗礼式後のお祝いの席

洗礼式の後は、昼食。その後にスウィーツという習わしで、僕たちもお店へと向かいました。

簡単な前菜の後に、メイン、そしてデザートと続くのですが、演奏が終わらないと落ち着かないミュージシャンの宿命か、僕は料理をゆっくり味わえませんでした。それでも、みんなの満足そうな顔を見ていると、「よかったなぁ」と。

もう1つ、僕が焦っていたのは、思ったよりも早く〝いつもの腹痛〟の予兆があり、痛みが本格的になる前に演奏を終えたかったからです。めでたい席で、顔をしかめるわけにはいきません。でも、元気で楽しいふりには成功。なれているせいもありますが、きっと僕にはそういう役者の才能があるのかな、と1人ごちていました。

赤ちゃんが生まれてお見舞いに行ったとき、僕が赤ちゃんに贈った曲を聞いたフランツィが、「洗礼のときにバンドで演奏して」と、楽しそうに洗礼のプランを話していたのを覚えています。そして、彼女の希望が叶う手伝いができたことがうれしくて、体調の不安を抱えながらも、何とかこなせたと安堵した1日でした。

昼食会の後の演奏、左が筆者

万聖説とハロウィーン

11月1日は、カトリックの祝祭日の万聖節で、南ドイツでは休日です。北ドイツはイヴァンキルヒィ信者が多くて、この日は休日ではありません。州ごとに地方分権が進んでいるので、このように休日も全て一緒ではありません。カトリック教徒は、この日に墓参りをする人が多いようです。

その前夜のハロウィーンは、最近日本でも仮装大会のような大騒ぎの風潮があるようですが、ドイツでも30年ほど前から流行りだした新しいお祭りです。とはいえ、若者や子供たちのもので、子供たちは夕方から仮装をして、各戸を回り、〝Süß, oder Saur ?〟(甘いのか、酸っぱいのか?)と、お菓子をねだって歩くのがメインで、若者は仮装してパーティに行くというものです。毎年ほぼ同じような感じで、大きな変化はもうなくなっています。ただ、南ドイツは次の日が休日ということもあり、遅くまでみんな飲んでいます。

10月も終わり、今年もあと2カ月。

病気をしていると、始まりでなく終わりのほうへと意識が引き付けられやすくなっていきます。しかし、それは世間全体から見ると、かなり偏ったことなんです。どこか身近なところでも新しい生命が誕生し、赤ちゃんたちは新しい光を放つ将来に向かっています。バカ騒ぎしている若者たちも、終わりを見るのでなく、明るいと思われている方向を向いています。

彼らよりもはるかに終末というゴールが近い僕ですが、その道のりが暗いとは限りません。今、いろんな悩みやつらいことがあって苦しんでいる人も、目を開けてよく見れば光が見つかるかもしれません。

今、僕のこの生き残れた人生のことを「不運だったね」なんて言われたくない。そのために僕は、頑張っているつもりです。〝生きる〟ということに、赤ちゃんも若者も、僕のような半分病人の半分高齢者も「同じなんだよ」って気分になった10月の終わりでした。