腫瘍内科医のひとりごと 69 「がん死と自然死」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2016年9月
更新:2016年9月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

ある介護老人施設で、ほとんど認知症状のみられない104歳になるRさん(女性)を看取りました。やや大柄な顔立ちで、白い牡丹のような方でした。

2月末になって水分だけで、ほとんど食事を摂らなくなりました。部屋を訪ねると、よく右手を出して握手されます。

「食べたくないの?」と尋ねると、「眠りたいのよ。このままでいいの」との答えでした。

80歳に近い息子さんと今後について相談したところ、「母から『最期は延命処置をしないでくれ。自然に』と自筆の書をもらっています。自然にお願いします」とのことでした。

私はとくに医療的処置を行わず様子をみていました。それでも約10日後には食事をすこしずつ摂れるようになって、復活しました。

3月の末になると、施設前の大きな2本の桜が満開になりました。私は「車いすに乗って桜を見よう」と誘ってみましたが、「桜? 見なくともいいよ。もう、たくさん見たから……」と断られました。

それから約3カ月、再び食べなくなりました。吸い飲みで、お茶やコーヒーなどはむせることもなく飲まれます。

目を閉じているRさんに声をかけると、左指で上瞼を挙げ、目をぎょろっとさせて、「お! 先生、今何時? そう10時か。私はまだ死んでいないのか。このまま眠って死んで良いのに」と。またあるときは、「まだ、生きていたか。もういいのに。苦しくもなんともないよ」と言われました。

「お迎えが来ないと逝けないから」と話すと、「うん」とうなずかれました。

天寿を全うしたときとの違い

私は約100年前に書かれたメチニコフの文を思い出しました。

「もしお前が私ほど長生きすれば、死がこわくなくなるばかりか、死にたいと思うようにもなる。眠りたくなるように、死にたくなる。……あきらかに、ここで精神的能力を十分に保持している100歳の老女に、発達した自然死の本能がみられた。眠りの要求に似た、それほど年をとっていない人びとにはわからない新しい感情があらわれた」

「天寿を全うした死は、身体全体が死に向かってゆく。解剖しても死因となるものが見つからない。苦しくもない。これが自然死なのだ」との内容であったと思います。

私が過去にたくさん経験したがん死の場合は、がんに侵されていない健康な体の部分にとっては無理矢理死なせられるのである。いろいろな苦痛が出たとき、そこに緩和医療が必要になってくる。

がんの終末期において、病気を納得はしていても、当然「生きたい」という生物としての本能が心の奥にある。心底からの「死の受容」は宗教以外では難しいと感じてきた。しかし、天寿を全うしたときは、本能として安寧でいられるのかもしれない。

Rさんは、目を覚ましたときに水分を取ったが、目を閉じていることが多かった。呼びかけても返答のあるときとないときを繰り返し、近くの公園にたくさん咲いたコスモスを小雨が揺らしている日の午後、静かに息を引き取りました。

息子さんは、「私も母のような死に方をしたい」と話されました。

E・メチニコフ=『生と死』世界教養全集33平凡社(1963)。パストゥール、コッホに並ぶ細菌学の貢献者で、免疫の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞したロシアの学者(1845~1916)

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