腫瘍内科医のひとりごと 89 「緩められた受動喫煙対策」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2018年5月
更新:2018年5月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

日本国内で、たばこを吸っていない人が、たばこが原因で年間1.5万人が亡くなっています。これが受動喫煙による死亡者数なのです。分煙しても、たばこの臭いを嗅いだだけで健康被害を受けるのです。喫煙者が吸う〝主流煙〟よりも、たばこの先から立ち上る〝副流煙〟のほうが有害と言われ、受動喫煙では、喫煙者が吐き出す〝呼出煙〟と〝副流煙〟を吸わされているのです。

先日、あるがん対策推進の会議があって、廊下で患者代表の方に会ったとき、すぐにこんな話が出てきました。

「国のたばこ対策は、国民の命を考えていない」

「これまでのオリンピック開催の国はしっかり禁煙対策をしてきているのに、日本は情けない」

当日、朝の新聞の記事を要約すると、次のようなことです。

「昨年(2017年)3月、厚労省は30平方メートル(9.1坪)以下のバーやスナック以外を原則禁煙とする骨子案を公表。昨年の通常国会で法の改正をめざしたが、厳しい規制を訴えた塩崎恭久厚労大臣と飲食店の客離れを懸念する自民党側の調整がつかず、法案を提出できなかった。しかし、今回は『飲食店は原則屋内禁煙とするが、客席100平方メートル(30.3坪)以下で、個人経営か資本金5千万円以下の中小企業が経営する既存店では、例外的に喫煙を認める』とのことで、自民が了承したとのことです」

受動喫煙の規制は、昨年の案よりも大きく後退することになってしまいました。医師の団体やがん患者団体は、これでは全く評価できないと反対しているのです。

たばこの有害認識がなかった昔

私は、30年ほど前、一緒に働いていた看護師(婦)で、最近がんになって亡くなった2人、また、食道がんになった方のことを思い出しました。みなさん、喫煙していませんでしたが、窓もない看護控室はいつもたばこの煙で満ちていました。

30年~40年前の看護師は、夜勤の眠気覚ましのこともあってか、喫煙者がとても多かったのです。そして、その頃ですが、妊娠中も喫煙していた2人は、出産も新生児も大変だったことも思い出します。

肺がんだけではない喫煙との因果関係

日本でのがんによる年間死亡者数37万人のうち、男性で34%、女性で6%はたばこが原因だと考えられています。たばこが原因と考えられているがんは、肺がんばかりではなく、口腔・咽頭(いんとう)、喉頭(こうとう)、鼻腔(びくう)・副鼻腔、食道、胃、さらには肝臓、膵臓、膀胱、子宮頸(けい)部のがんなども喫煙とがんの因果関係が明らかになっています。

たばこの煙の中には、たばこ自体に含まれる物質と、それらが不完全燃焼することによって生じる化合物があり、発がん物質は約70種類含まれていると言われます。

これらの有害物質は、たばこを吸うと速やかに肺に到達し、血液から全身の臓器に運ばれ、DNAに損傷を与えるなど、がんの発生のさまざまな段階へ関与して、がんの原因となります。

2010年、国際オリンピック委員会とWHOは、たばこのない五輪の推進で合意し、その後、オリンピック開催国のロンドン、リオデジャネイロでは飲食店などの屋内全面禁煙が実現したそうです。

日本では、人の健康・命よりも、飲食店の客離れを気にするのでしょうか? 禁煙で客離れはなかったとする調査もあるのです。今回は、オリンピックに間に合わせて、受動喫煙対策を強化する健康増進法の改正とされていますが、これでは世界に恥をさらす法律でしかないのです。

世界では禁煙対策で、がんは減っているのに、日本では少なくとも受動喫煙がなくなれば、年間1.5万人の命は助かり、この分、医療費も減るのに、全く情けない国の決め方に呆れるばかりです。

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