腫瘍内科医のひとりごと 113 新型コロナウイルス感染症とがん治療
周りの誰が、新型コロナウイルス感染者かわからない。
いま、病院では戦争が起こっている。〝コロナ戦争〟だ。相手は、とらえどころのない存在だ。
外来で、入院で、消毒・マスク・防御衣の不足は深刻だ。
コロナ患者の動く導線、コロナ病棟の編成、そればかりではない。患者ばかりではなく、病院職員も守られなければならない。中には妊娠している看護師もいる。
1人の感染がわかると、接触した可能性のある数10人の*PCR検査、そしてその人たちは自宅待機になる。病院の機能はマヒする。そのため新しい外来・入院患者を断った大学病院は1、2カ所ばかりではない。
崖から蹴落とされたこれまでの〝がんの死生学〟
がんの化学療法の多くは外来で行われている。抗がん薬点滴は、いつにも増して患者の状態に注意が払われる。ある病院では、乳がん患者の抗がん薬点滴を内服のホルモン治療に変えたそうだ。
新型コロナウイルスに罹っても、多くの人は症状なしで過ごすが、むしろそれが患者の蔓延(まんえん)を引き起こす。そして悪化した人は厳しい。健康で元気な方が、ある日、発熱からたちまち呼吸困難、肺炎、急激な意識状態の悪化。
人工心肺装置(ECMO)に繋がれて助かる人もいるが、あっという間に亡くなる方もいる。テレビで報道された志村けんさんの死は、多くの人が衝撃を受けた。
クルーズ船の集団感染、クラスター(集団)感染、病院の院内感染、そして市中感染に及んでいる。目に見えない新型コロナウイルスが、ひたひたと身近に迫ってきた。
すでに、世界で約305万人以上が罹り、21万人以上が亡くなった(2020年4月末現在)。そしてそれが毎日増えている。
コロナの死は悲惨だ。感染症だから、うつるから、家族の面会も出来ず、亡くなったら遺体にも、焼き場にも立ち会えず、骨になってから家族に引き渡される。
この不条理さは何なのだ。この急激に迫りくる死は、がんにおける「死を大事にする社会」とは180度違う。がんにおいては、治る見込みがない場合でも「余命あと半年、3カ月」、人生を考える時間、そして看取る時間があった。
今回の新型コロナウイルス感染症による死は、考える時間がない。これまでのがんの哲学は、まったく役立たない。がんを基にして考えてきた死生学は崖から蹴落とされたのだ。
ウイルスと闘う医療者を称えながら
人類が地球を我が物顔にして、いじくり、壊してきた報いなのか?
ウイルスは人間を住処(すみか)にし、増殖する。
多くの人に差し迫っている、目に見えない影。電子顕微鏡でしか見えない、地球でもっとも小さな生物・ウイルスに、人間はたくさんの命を失い、怯えている。
いま私たちは、ウイルスと闘う、感染した患者を診る医療者を称えながら、治療薬、ワクチンの開発を待っている。国の対応に、イライラしながらも、うつらないように、人から離れて、見えないウイルスから逃げて暮らす。
しかし、医療者をはじめ介護サービスなど、人から離れられない方たちはたくさんおられる。
経済よりも、まず命が大切だ。
この流行が早く過ぎて欲しい。そして、その後には、国は次の流行を阻止するための防御にお金をかけて欲しい。
昨年、家の庭に1本の小さな柿の木を植えた。今年も小さな葉が芽吹いてきた。
私たち夫婦が生きているうちに実が成るとは限らない。
それでも、乾いた日には水をやろう。
*PCR検査=Polymerase Chain Reaction:ポリメラーゼ連鎖反応検査