腫瘍内科医のひとりごと 115 乳がん・不思議・ラッキー

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
(2020年7月)

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

「先生! 私、ラッキー。テレビに出ていたけど、F病院で新型コロナウイルスに感染した方が出たらしいのよ。少し遅れていたら、コロナでまだ手術は受けられなかったかもしれない。私、関係なくって良かったわ」

知人のKさん(78歳、女性)からの電話です。

「手術の結果が出たの。説明してもらったけど、それがよくわからないのよ。説明書のコピー送るから教えてください」という内容で、明るい声でした。

Kさんは、某月F病院で左乳がんの手術を受け、その5日後、退院となりました。手術後の傷の突っ張り感があるものの、まったく元気で、左腕を上げても、違和感もありませんでした。

約1カ月経って、手術の病理結果をF病院で説明されました。Kさんはそれがよくわからないというのです。

手術の結果をわかりやすく説明

私のところに説明文書のコピーが届いて、電話で少し噛み砕いて説明しました。

「Kさんのがんは、腫瘍の大きさの分類では2㎝以上5㎝以下の中に入ります。リンパ節転移はないので、ステージⅡAです。がんの組織検査では、がん細胞はリンパ管への浸潤(しんじゅん)、静脈への浸潤がありました。

多くの場合、乳がんの細胞は、女性ホルモン(エストロゲン)を糧にして増殖します。がん細胞の女性ホルモン受容体の有無で、タイプが分けられ、手術後の治療法が変わってきます。

Kさんのがんは受容体があり、女性ホルモンを抑えるホルモン療法の効果が期待できるルミナルタイプに分類されます。

ルミナルタイプは、Aタイプ、Bタイプ(Aタイプに比べて増殖能力が高いため、多くの場合ホルモン療法に加えて化学療法も行う)があります。他にホルモン受容体陰性・HER2陽性(抗HER2療法と化学療法の併用)、トリプルネガティブタイプ(ホルモン療法・HER2効果とも期待できない)などがあります。

KさんはルミナルAタイプなので、これからホルモン療法で内服薬を5年間服用します。

また、再発予防のために放射線治療が必要とのことで、近くの病院で受けるよう紹介状を書いてくれたのだと思います」

コロナ流行の影響がここにも

Kさん「私、ラッキーだったわ。そして、まだやりたいことがたくさんあるの」

確かに、手術予定日がすこし遅かったら、いろいろ変わったかもしれないのです。

病院でのコロナ流行ではたくさんの患者さんが心配され、戸惑い、不安だと思います。そして、きっとF病院では、コロナ感染者発生場所を中心とした消毒、感染者と一般の方の導線分けなど感染防護・管理の徹底、PCR検査を行う患者、職員、さらに治療を急ぐ患者は他の病院へ紹介、1人ひとりの診断・治療予定の変更等々、まさに〝コロナ戦争〟であったと思います。

恐いことに、コロナ感染症では、あっという間に亡くなる方もおられます。本当に「人生はわからない」と思うのです。

今では、F病院はコロナ対策を行いながら平常に診療されているようです。

私には思いもよらなかったことですが、Kさんは「がん細胞が静脈に浸潤」と説明を聞いて、10年ほど前、兄が白血病で亡くなったことが頭を過ぎったそうです。

確かに、白血病はがん細胞(白血病細胞)が血管の中を流れている訳です。Kさんが本当に聞きたかったことは、「同じ白血病ではないか」と心配されてのことのようでした。