腫瘍内科医のひとりごと 117 退院日のバンダナ

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
(2020年9月)

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

Cさん(43歳 女性 会社員)は、ある病院のCT検査で腹腔内にリンパ節腫大が見つかり、生検で悪性リンパ腫との診断でした。病院を紹介されて、入院しました。組織型は悪性リンパ腫の中でも悪性度の高いものでした。

2人のお子さんがあり、小学3年生の女の子と幼稚園年長さんの男の子でした。入院中は、田舎からCさんの父(74歳)が上京し、2人の世話をしてくれました。急に小さな子どもの世話で戸惑いながらも、「お母さんはこうやっていたよ」と、2人の孫に教わりながら頑張りました。

 

 

 

朦朧とした中で聴いた「アメイジング・グレイス」

写真:都立駒込病院で行われたバンダナ贈呈式
2010年2月、本田さんのお母さんから都立駒込病院へ
バンダナの贈呈

Cさんは、診断されたときは、奈落に落とされ、途方にくれましたが、子どもたちのことを思うと、「どんなことがあっても治る」と、自分に言い聞かせて頑張ることにしました。

抗がん薬治療が決まると、同室の先輩患者さんと看護師さんから勧められて、病院内の美容室で髪を短く切って、脱毛に備えました。

治療が始まると、嘔気(おうき)、気分不快で、ご飯はわずかしか摂れませんでした。

看護師さんが食膳を下げるとき、食器のふたを開けて、「また食べられなかったのね」と何回か言われました。

副作用で、予想以上に白血球数が減り、急に悪寒と40度の熱がでて、個室に移りました。どこからか菌が血液に入って、敗血症になったと言われました。このときは生きた心地がしませんでした。

子どものことが心配でしたが、1日中点滴に繋がれ、熱で朦朧として過ごしました。目も疲れていて、テレビを見る気もしません。ラジオをつけて、半分夢の中で音楽を聴いていました。

あるとき、女性の声で「アメイジング・グレイス」の歌が流れてきました。

それでも、4日後には解熱し、食事も摂れるようになりました。

少し元気になってから、あの朦朧とした中で聴こえていた「アメイジング・グレイス」の美しい歌声が思い出されました。

もう一度聴きたいと思ってスマホで調べると、本田美奈子.さんが歌ったのだとわかりました。そして、急性骨髄性白血病で闘病していた本田さんが、無菌室にいて、バンダナをした美しい写真を見つけました。

また、本田さんのお母様が、患者支援のための基金を作って、活動されていることもわかりました。

同室だった患者さんからのプレゼント

抗がん薬治療開始3週間後頃から髪の毛が抜けてきました。短い髪が枕にたくさんついて不快でしたが、粘着テープで、きれいにするのが毎日でした。

1カ月半の入院で、2クールの化学療法が行われ、幸いリンパ節腫大は80%以上縮小し、以後、外来で少し間隔を空けて、治療を繰り返すことになりました。

同室にいた患者さんが、外来に来たとき、Cさんの部屋に寄ってくれました。そして、「あなたの洋服に合っているといいんだけど」と言って、バンダナをくれました。

退院日には、父と子どもさんと3人で迎えにきてくれました。

しばらくぶりで化粧をして、洋服に着替えたCさんは、バンダナをつけてみました。

父は、「おっ! 似合ってるよ。きれいになったな」

そして娘さんは、「お母さん、ファッションモデルみたい」と言いました。

娘と息子に両手を引かれたCさん。2人の手を揺らしながら、病院の玄関を出ても、ずっと離しませんでした。

会計を済ませた父は、荷物を持って後から追っかけました。