腫瘍内科医のひとりごと 122 コロナ禍でも、がん治療は進歩している

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
(2021年2月)

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

昨年からの、コロナ流行がおさまるのを静かに待つしかないのかと家にこもり、じっとテレビや新聞を見ながら、「ワクチンはどうか」「もっと明るい話題がないか」と思って過ごしていました。

初めて見た「ゲノム解析結果レポート」

そんなある日、がんの患者Aさんのゲノム解析結果レポートが、K病院の担当医から送られてきました。Aさんは、腎がんの手術をした後、再発予防の抗がん薬治療を行ったにもかかわらず、がんが肺にたくさん転移した方です。

もう諦めざるを得ないと思われたのが、免疫チェックポイント阻害薬で、ほとんど治癒したと思えるほど劇的な効果があり、そのまま定期的に治療を続けて、2年経った現在も元気で過ごされているのです。

そのゲノム解析レポートでは、Aさんのがん組織の遺伝子変異量が多いことなどが記載され、現在使用中の免疫チェックポイント阻害薬が最適であることを証明していました。

私は、このようなゲノム解析レポートを見たのは初めてでした。免疫チェックポイント阻害薬の効果に「良かった、良かった」と思いながら、なぜよく効いたのか詳細はわからずにいたのです。しかし、ゲノム解析レポートでは、しっかり遺伝子を分析してあり、私はとても感心して読んでおりました。

CAR-T細胞療法の劇的な効果

そこに、しばらくぶりで後輩のS腫瘍内科医から喜びのメールがありました。

CAR-T細胞療法という新しい治療法で、難治の悪性リンパ腫に劇的な効果が続いているという報告です。

CAR-T細胞療法は、難治性の血液がんに対して開発されたがん免疫療法なのです。患者さん自身のリンパ球の中のT細胞(免疫細胞)を取り出し、遺伝子改変操作でCAR(キメラ抗原受容体)と呼ばれる特殊なタンパク質を作り出すことができるようにしたのです。CARは、がん細胞の表面に発現する特定の抗原を認識して、攻撃するように設計されています。CARを作り出すことができるようになったT細胞をCAR-T細胞と言います。このCAR-T細胞を患者さん自身に投与し、難治性のがんを治療するのがCAR-T細胞療法です。

この治療法は、難治性の血液がんで保険適用となっていますが、まだ限られた施設でしかできません。

CAR-T細胞療法は、エビデンス(科学的根拠)に基づいた最新の免疫療法なのです。CAR-T細胞のようにがんにしっかり標的を定めて死滅させるのではなく、ただリンパ球を増やして投与する民間クリニックでの免疫療法とはまったく違うのです。

私は、約40年間も抗がん薬治療に明け暮れしてきました。

40年前、私たちは「30年後、あるいは40年後には、がんは解決しているだろう。きっと40年も経ったら、すべてのがんは薬で治る時代になっている。私たちのがんの仕事はなくなる」、そんな漠然とした夢を描いていました。

しかし、実際に40年経ってみて、まだまだ、進行したがんの患者さんも、医師たちも苦労しています。

それでも、今回の、ゲノム解析結果レポート、CAR-T細胞療法をみると、明らかにがん治療は進歩しているのです。

私は、抗がん薬治療が要らなくなる時代が目に見えてきたように思えました。

なにか、すこし明るい気持ちになったら空腹を感じました。暮れに送られてきた、孫が1歳の誕生日に背負った「一生餅」を焼いて食べました。納豆とのりで巻いた餅は最高でした。