腫瘍内科医のひとりごと 126 命の優先順位

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
(2021年6月)

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

先日のニュースでは、大阪府で新型コロナウイルス感染者の入院調整を行う部局の医療系技術職トップ(医師)が、各保健所に対し「府の方針として、高齢者は入院の優先順位を下げざるを得ない」とするメールを送信していた。その後、府健康医療部は「府の方針とは全く異なる」として、各保健所に内容の撤回と、謝罪する旨を連絡したそうです。

いわば命の優先順位をつけるという恐ろしい事態です。

コロナ治療の「譲るカード」を提唱した医師

このニュースから、昨年(2020年)ある医師が、高齢者向けに「集中治療を譲る意思カード」というのを提唱していたことを思い出します。

その「譲るカード」には、「新型コロナウイルスの感染症で人工呼吸器や人工肺などの高度治療を受けている時に機器が不足した場合には、私は若い人に高度医療を譲ります」と記載してあるのです。

当時、その医師は「イタリアなどでは、人工呼吸器など高度の医療機器が不足し、医療従事者が誰を優先して救うべきか、命の選択を迫られました。日本でそうした医療崩壊が起こったとき、医師に選択を迫り、人工呼吸器を外す決断をさせるのは酷だと考えました」と言っているのです。

そして、前もって「譲るカード」にサインしておくのだそうです。

「譲る?」それは、何か、あたかも美しい話のように聞こえるのですが、私は、これは違うと思います。

提唱者が、このようなことを考えたなら、ご自分で書いて、密かに、黙ってご自身が持っていればよいのです。公表して、なにもこれを広めようとする必要はないのです。

医療崩壊が起ったら、医療者は命の選別を強いられることになるかも知れませんが、それを前もって選別しておくというところに恐ろしさ、異常さを感じます。

医療の環境を整える責任

「私は若い人に高度医療を譲ります」とは、高齢者への圧力になり、命の選別をしているのです。また、提唱者は自分ががん患者であることを公表しています(前立腺がん、全身骨転移がある、それでもゴルフが出来て、4年くらいは生きられるとありました)が、これでは、がん患者さんへの圧力、がん患者さんの命の選別とも考えてしまいます。

「譲るカード」を提唱する医師は、命の大切さ、1人ひとりの命のかけがえのなさ、命は代替え不可能なことを考えているのでしょうか?

以前、免疫チェックポイント阻害薬のオプジーボ(一般名ニボルブマブ)が承認されたとき、あまりの高額に、医療費が破綻するとの議論があり、ある医師が「75歳以上は使わない」と、年齢で線引きすべきだと主張していました。いまは、いろいろながん種のたくさんの患者さんがこの薬で治っています。

くどいようですが、命の選別とは、「社会で役に立つ命か、役に立たない命か」を選別することになるのです。それは、障碍を持っている方にも圧力になると思います。

昨年、日本老年医学会は、パンデミック時には医療崩壊を来さない感染症対策がまず求められるとし、万が一医療崩壊が発生した場合でも、現場において、暦年齢だけをトリアージの基準とすることは「最大限の努力を払って避けるべき」と警告しています。

ほとんどの国民は、マスクなど感染予防を守っています。国はこれまでの感染症対策を検証し、命を最優先として、医療の環境を整える責任があると思います。