精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋
第3回 がんを告知されたとき、取り組まなければいけないこと
がん告知を受けたあとは、やらなければならないことがいくつもあります。まだ、がんになったことを受け入れられないうちに、治療方針を理解して決めなければならなかったり、勤務先に報告したり、家事や育児の手配が必要になったりするという人もいるでしょう。次から次へと決めなければいけないことが押し寄せてきて、慌ててインターネットで検索しては、そのたびに右往左往するという人が少なくありません。
このように混乱した状況の中で、気をつけていただきたいのは、焦るあまり「大事なことを早急に決めてしまわない」ことです。
具体的には、会社に辞表を出したり、エビデンス(科学的根拠)に乏しい民間療法に走ってしまったりすることです。がん告知の直後は、考えや感情の振れ幅が大きいものです。治療方針についても、早めに決めたいものですが、性急に結論を出してあとで悔やんでもいけません。
がんという病気は、基本的には一刻一秒を争うような性質のものではありません。ひと呼吸入れて気持ちが落ち着いてから、決めなければいけないことを決めていきましょう。それには、取り組まなければいけないことをリストアップするとよいと思います。その項目は、大きくわけて3つあります。
1.病気について知る
治療や療養にしっかりと向き合えるよう、病気について知っておきましょう。
書籍やインターネットなどから情報を得ておくと、医師の説明を理解する手助けになりますし、意思決定する際の参考にもなります。書籍もインターネットも、患者さん向けのわかりやすい情報がいろいろと公開されています。
患者さんが把握しておいたほうがいいのは、次のようなことです。
①今までの検査結果とこれから必要になる検査
②がんの場所や進行度
③治療法と、治療にともなう副作用
④これから現れる症状
⑤がんや治療による生活への影響
治療方針については、すべて医師まかせにするのではなく、患者さんの希望も率直に伝えましょう。ただ、がんにはさまざまな治療法があり、複数の選択肢のなかから自分に合ったものを判断するのは難しい場合があります。
例えば、手術か放射線治療かで迷ったときは、それぞれの根治(こんち)率や治療にかかる時間、治療後の副作用などを書き出して、メリット・デメリットを比較してみると判断がつきやすいかもしれません。
また、「5年後、孫の顔が見たいから、根治率の高い積極的な治療法にしたい」「なるべくQOL(生活の質)を保ちたいから、緩和を中心にした治療法にしたい」など、患者さんの価値観や人生観も大切です。なかなか決められないときは、セカンドオピニオンを受け、主治医とは別の医師にアドバイスを求めてもよいでしょう。
がんの治療中は、医師と良好なコミュニケーションをとることも必要です。それには、メモの活用をおすすめします。医師が話したことについてメモをとっておけば、あとから調べることもできますし、医師への質問もスムーズにできます。専門用語が難しくてメモがとれない場合は、医師にその単語を書いてもらうのもよいでしょう。受診の際は、あらかじめ具体的な症状や気になることをメモしておくと、適切に症状を伝えられますし、聞き忘れも防げます。
2.生活のことを考える
次に、仕事や家庭生活で自分が担ってきた役割を、どうしていくか考えましょう。
現在は行政支援などによって、治療をしながら働いている人がたくさんいます。勤めている人は、医師から治療方法や今後の治療スケジュールの説明があってから、治療を開始するまでのタイミングで会社側に伝えるのがよいでしょう。
休職の内容(休職事由や賃金の有無、休職期間の長さなど)については、就業規則で定められています。病気になるまで社内の支援制度について知らなかったという人も多いと思いますので、有給休暇や欠勤の取り扱いについてよく確認し、人事や総務、職場の上司をまじえて相談しましょう。できれば、復職できる手続きを行ったうえで休職し、治療に専念できるのが理想です。
職場の同僚に病気のことを伝えるかどうかは、職場の風土や相手と患者さんの関係性にもよるでしょう。全員に伝える必要はありませんが、一緒に取り組んでいる業務がある仲間には、上司経由でもよいので、病気や治療について伝えておくとよいでしょう。体調が許すのであれば、担当の仕事の進み具合や取引相手のリストなどを書面にまとめておくと、引き継いだ相手も混乱せずにすみます。
また、患者さんが子育て中の場合は、通院や入院で家をあけるとき、子どもの預け先などを考えなければなりません。親戚や友人、ご近所などに頼れる方がかいたら、病状を伝えたうえでお願いしてみましょう。自治体の窓口に相談すると、親が病気のときに子どもを一時預かりしてくれる施設を紹介してくれる場合があります。育児や家事支援サービスの会社を活用するのも一案です。
3.家族や友人にどう伝えるか
患者さんのなかには、「老いた両親にショックを与えたくない」という気持ちから、親には伝えない方もおられます。親子の関係はそれぞれなので一概にはいえませんが、基本的には家族内の隠し事はしないほうがいいと思います。もし逆の立場だったら、息子や娘に起こった大変な出来事をまったく知らなかったことをあとで知ったとき、何ともいえないつらさを感じるのではないでしょうか。
また、隠し事があると、いろいろと取り繕わなければならないことが出てきて、不審に思われるかもしれません。ご両親からの問いかけに嘘をつき通すことは、患者さんにとっても心の負担になると思います。
子どもについても同様です。年齢によって伝え方は異なるかもしれませんが、大人が想定するよりも、子どもは強いものだと私は思います。
親しい友人には、伝えておいたほうが従来どおりの関係を続けることができます。一方で伝える必要がない人、伝えたくない人には無理をして伝える必要はありません。
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