震災に負けない特集・甲状腺外科専門医からのメッセージ

放射性ヨウ素に過敏にならないで!

文:原 尚人  筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻外科学(乳腺甲状腺内分泌)教授
発行:2011年6月
更新:2013年9月

  

未曾有の大災害。地震、津波、原発の三重苦に苦しめられている人もいる。これら被災者の方々にどう声をかけ、何をすればいいのか、戸惑ってしまう。「がんばれ」「がんばろう」の言葉が広がっているが、被災者たちの、家族を失い、家を失い、町や村を失った境遇に思いをはせれば、そうストレートに言えるものではない。落胆しているところへ鞭を打つ形になるからだ。そうではなく、がんばるのは、被災しなかった、あるいは被災の軽かった私たちだ。私たちこそがんばって彼らにサポートの手をさしのべればいいのだ。それを考える意味で、今回、震災特集を組んだ。被災者の方々、被災されたがん患者さんたち、どうか、震災に負けないでほしいと願って。負けなければ、希望が見えてくる。そしてその先には復興がある。

原尚人さん 「放射線の影響について、
正しい知識を得ること で
皆さま安心されます」 と話す
原尚人さん

福島原発の近くにお住まいの方々、とくに妊娠中の方や小さなお子様のいらっしゃる方々のご不安ははかりしれないものとお察し申し上げます。 東日本大震災の後、3月20日に大学病院からの派遣医療ボランティアで津波被害が甚大であった北茨城市に赴き、すべての避難所と福島からの避難民の方の施設を巡回、回診して来ました。 避難者の方々、そして病院に来られる患者様より放射性ヨウ素による甲状腺がんについての質問をたくさんいただきました。 そこで今回、皆様方に安心してお過ごしいただけるよう、多く寄せられた質問についてお答えしたいと思います。

写真:回診を行った

医療ボランティアで避難所を訪れ、回診を行った

Q 放射性ヨウ素が体に入ると甲状腺がんになりますか?

A 甲状腺という臓器は食べ物に含まれているヨウ素を材料にして甲状腺ホルモンというものを作っています。つまり体の中にヨウ素が入ると100パーセント甲状腺に集中します。

同じ理由で放射性ヨウ素が体に入ると、甲状腺に集まり、正常の甲状腺細胞に何らかの影響を与え、ほんのわずかですが、がんができやすくなります。この傾向は成長がさかんで細胞の分裂も活発な小児のほうが、より強くなりやすいといえます。

放射性ヨウ素が含まれた水やミルクといった飲み物、野菜や魚などの食べ物を摂取し続けると、とくに乳幼児は将来甲状腺がんになりやすいといったことを耳にされると思います。確かに様々な調査から、子供や、若いうちに甲状腺がんになる確率はわずかに増える可能性があります。しかし、それは普段からヨウ素をいっぱい口にする日本人の場合、多く見積もっても1万人に1人増える程度であると考えます。

ですが病気を避けるのにこしたことはないので、飲み水も購入したものがあればそれをお子様たちに飲ませるべきですが、ないときは水道水でも大丈夫です。

Q 安全性ヨウ素を飲むといいのでしょうか?

A  1度にヨウ素が大量に体に入ると1週間くらいは甲状腺がヨウ素で満タンになりそれ以上のヨウ素は受け付けません。そのため万一大事故で放射性ヨウ素がばらまかれ、体のあちこちから入ってきても、体を素通りして尿から体の外に出て行ってしまいます。

危険が発生した場合、国が管理し自治体で保管している安全性ヨウ素が配られることになっております。丸薬の形で大人は2粒、子供は1粒飲むようになっておりますが、実際はその半分の量で充分です。

乳児や新生児は細かく砕いてシロップに溶かして飲ませれば大丈夫です。

飲むタイミングは退避命令が出たその瞬間、または数時間前後でも問題ありません。15歳未満のお子様を優先します。

安全性ヨウ素が手に入らなかった場合、コンブでも最低限代用できます。安全性ヨウ素の丸薬か大量のコンブを1回だけ口にすれば心配ありません。

ワカメなど他の海草はヨウ素が少ししか入っていないため無意味ですが、コンブだけは大量に含まれています。

ただしコンブだしでは、だしのほうにヨウ素が出てしまうため、だし汁を飲んでしまわなくてはいけません。

子供にはコンブ菓子、乳幼児にはコンブ茶も代用できますがかなりの量が必要です()。

一方、40歳以上の方は、安全性ヨウ素もコンブも全く必要ありません。

なお、ヨウ素を含むうがい薬は胃や腸を強く傷めるため、絶対に避けるべきです。

子供や乳児へのコンブ菓子やコンブ茶は塩分が多いので注意すること

Q チェルノブイリでは小児の甲状腺がんが問題となりましたが日本は大丈夫でしょうか?

A  チェルノブイリで被害があった地域は海から遠く内陸にあるため、海草や貝など海産物をほとんど口にせず、食べ物からのヨウ素は、慢性的な不足状態でした。

したがって放射性ヨウ素が体に入りやすい条件にも関わらず、国が安全性ヨウ素を配ることもせず、その後も放射性物質が含まれている可能性のあるミルクに気を使ったりもしなかったため、事故当時15歳未満だった小児に甲状腺がんが増えました。

しかし、お隣のポーランドではチェルノブイリから距離も近いのに、全く小児の甲状腺がんは増えませんでした。

その理由は、ポーランドは海に面しているため普段からヨウ素を多く含む食物を食べる習慣があり、しかも事故直後、国が安全性ヨウ素を配り、しばらくの間ミルクなどに注意を払ったためだと思われます。

今の日本と同じ環境で、しかも日本人はポーランド人よりはるかに多くのヨウ素を摂取しているので、もっと安全の確率が高いと断言できます。

Q 万が一、甲状腺がんになってしまったら?

A  放射性ヨウ素による小児甲状腺がんは恐いものではありません。

放射線に関わりがある甲状腺がんはすべて乳頭がんという極めておとなしいタイプのものです。もとからたちの良い乳頭がんですが、若ければ若いほど、より一層性質がおとなしくなります。つまり、年配の方より若い方、大人より子供の甲状腺乳頭がんのほうが心配いりません。

遺伝子の研究でも、疫学調査でも、放射性ヨウ素による甲状腺乳頭がんも同じで、とてもたちのよいものであることが証明されております。

最近では甲状腺乳頭がんが発見されても、あまりにおとなしい性質のため、しこりが1センチ以下の小さなものは、手術せず様子をみることもあります。

仮に1センチを超えた大きさのものでも、手術だけで完治することができ、抗がん剤など他の治療は一切いりません。子供のうちや若いうちに手術を受けても、将来の成長や妊娠・出産・授乳にも全く悪い影響は起こりません。

もちろん次の世代へ遺伝してしまうこともありません。そのため、放射性ヨウ素による甲状腺がんはそれほど恐ろしいものではないのです。


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