震災に負けない特集・鎌田實の「震災・原発」を考える

原発事故を乗り越え、自然の声を聞け

(2011年6月)

未曾有の大災害。地震、津波、原発の三重苦に苦しめられている人もいる。これら被災者の方々にどう声をかけ、何をすればいいのか、戸惑ってしまう。「がんばれ」「がんばろう」の言葉が広がっているが、被災者たちの、家族を失い、家を失い、町や村を失った境遇に思いをはせれば、そうストレートに言えるものではない。落胆しているところへ鞭を打つ形になるからだ。そうではなく、がんばるのは、被災しなかった、あるいは被災の軽かった私たちだ。私たちこそがんばって彼らにサポートの手をさしのべればいいのだ。それを考える意味で、今回、震災特集を組んだ。被災者の方々、被災されたがん患者さんたち、どうか、震災に負けないでほしいと願って。負けなければ、希望が見えてくる。そしてその先には復興がある。

写真:女川町の被災地で諏訪中央病院医療スタッフ、JCFスタッフと

女川町の被災地で諏訪中央病院医療スタッフ、JCFスタッフと

鎌田さんは3月25日、諏訪中央病院の医師とJCF(日本チェルノブイリ連帯基金)のスタッフとともに福島原発に隣接する南相馬市の避難所に入った。20年近くチェルノブイリの子どもたちの医療支援にかかわっている鎌田さんにとって福島原発の事故は憂慮すべき出来事である。いまその思いを綴る。

レベル7の最悪の事態に

3月11日午後2時46分──そのとき、ぼくは岐阜にいた。名古屋まで来ると、新幹線も中央本線の特急しなのも止まり、足止めをくらった。急遽、個人タクシーをチャーターして中央道をひた走った。恵那山トンネル付近で吹雪に見舞われながら、やっとの思いで茅野に着いた。

翌朝、北信で起きた震度6の地震で目を覚まされ、東京電力福島第一原子力発電所でたいへんなことが起きていることを知り、愕然とした。政府は原子力緊急事態を宣言している。ぼくは、なんとかここで食い止めてほしい、と願った。

しかし、その後、1号機、3号機の建屋は水素爆発で吹っ飛び、結果的に、チェルノブイリ原発と同じレベル7の最悪事態となった。

ぼくはチェルノブイリの子どもたちの医療支援に20年近くかかわっている。チェルノブイリ原発事故では、30キロ圏で11万6千人が強制移住をさせられた。とくに子どもたちが重大な健康被害を負った。情報公開されなかったことと、安定ヨウ素剤が投与されなかったために、6000人の小児甲状腺がんが発症した。いまのところ拡散した放射能は、チェルノブイリの10分の1だというが、余計な放射能は浴びるべきではない。

いま野菜にしろ、魚にしろ、風評被害が広がっている。政府は的確な情報公開を行い、健康被害を起こさないためのしっかりしたシステムをつくるべきだ。そうして食の安全性を確保することが、体内被曝を防ぐ意味からも重要だ。

市場に出たものは安全と考え、差別することなくしっかり食べる。そういう習慣をつけて、この数年を乗り切るしかない。

ぼくはチェルノブイリの子どもたちを診てきたから、子どもたちの学校のグラウンドが気にかかる。学校の放射線量をしっかり測定し、数値が高い場合は、移転する必要がある。移転をしないまでも、放射線量の高いグラウンドは、徹底的な土地改良が必要だ。チェルノブイリでも、幼稚園や学校の土地改良が行われた。

土地改良が必要なのは、学校のグラウンドだけではない。放射能に汚染された農地も改良するしかない。すでに飯 舘村の村長は、米の作付制限を想定し、バイオマス燃料のヒマワリや菜種などの生産を考え、バイオエネルギー製造プラントの設置まで構想しているという。ヒマワリは土壌の放射性物質をよく吸収してくれるそうだ。

原発事故のソフトランディングを図りつつ、汚れた土地のクリーン化にも取り組んでいかねばならない。

原発に代わる新たなエネルギーの創出を

それにしても、原発の安全性はもろかった。原子力を推進してきた政治家や学者、電力会社は、常に「科学的」という言葉を使いながら、原発に対する不安を封じ込めようとしてきた。「科学的」という言葉の信頼性は暴落した。

だから、ぼくは納得できない。低レベルだからといって、海に汚染物質を流していいのだろうか。最悪の爆発を避けるために、放射性物質漏れは我慢すべきだというのが、この国の「科学」の選択なのか。

国際社会は、大津波の被災者たちの、悲しみを抑えた、我慢強い姿に感動し、賞賛の声と温かい支援を寄せてくれた。しかし、原発事故対応に対する評価は厳しい。不十分な情報公開に苛立っている。汚染物質による海の汚染にも、批判の声が強い。そして、外国人旅行客は激減し、日本の食物の輸入制限も広がっている。

原発の心臓部が破損していることは間違いなく、長期間、放射性物質が出続ける可能性は高い。事実関係をすべて、内外に明らかにし、最善の策を取ることが、世界を納得させ、国民に安心感をもたらすことにもなる。それが本来の科学の心だろう。

大震災の復旧・復興の過程で、原発に代わる新しいエネルギー政策を構想せざるを得ないと、ぼくは思う。原発は環境に優しく、コストも低いクリーンエネルギーだといわれてきた。しかし、今回の事故で、それが三百代言()であったことが明らかになった。

原発エネルギーは決して安くない。ひとたび事故が起きてしまうと、原発の施設のみならず、周囲の環境に対する影響があまりにも大きい。汚染された土壌の改良、農業、畜産業、漁業への補償など、莫大なお金と時間がかかる。

日本が国際社会の信頼を回復するためには、原発に代わる新たなエネルギー政策を打ち出し、推進するしかない。

三百代言=詭弁を弄すること

心の揺れが収まるまで葛藤が続く

写真:南相馬市の避難所

3月25 日、南相馬市の避難所で、温かいおでんと豚汁とほんの少しのビールがふるまわれた

西洋文明は自然を克服しようとして、現在の文明を築いてきた。しかし、ぼくらは本来、もっと自然を受け入れながら、自然と共存するように生きてきたのではないだろうか。

人間は自然の営みには勝てない。しかし、自然に服従していればいいというものでもない。自然の声を聞いているかどうか、ここが大事だ。

ぼくらは最先端の文明を享受して、便利で華やかな生活を追い求めてきた。いつの間にか、自然の声に耳を傾けることを忘れてしまっていた。自然の声を聞いていたら、もっと違った町や文化をつくることができたのではないか。

東日本大震災の復旧・復興の足を、見えない放射能がひっぱっている。くやしい。

そして、被災地で見た敗戦直後のような光景が、ぼくを虚無にさせる。

しかし、虚無感に支配されたくない。自分のなかでは、厳しい戦いをし、自己批判もしている。この戦いのなかで、新しい時代の哲学を自分のなかに打ち立てたいと思う。

ぼくの心の揺れが収まるまでには、いましばらく、葛藤が続く──。

(構成/江口敏)