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内視鏡検査と事故
がんを100件発見するのに死亡事故が1例起こる

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
(2008年3月)

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

内視鏡検査による死亡事故発生率は、概数で0.001パーセントつまり10万件に1件です。それだけ見ると十分に低そうです。でも、本当に低いでしょうか。

内視鏡検査による異常発見率は、大体1000件に1件程度とされています。そうすると、「内視鏡検査1000件毎にがんが1例みつかり、10万件ごとに死亡事故が1例起こる」のです。つまり「がんを100件発見するのに死亡事故が1件」という計算です。いかがですか? これで割に合うでしょうか?

この比率を、「がんを見つける対価だから仕方がない」と許すでしょうか。それとも「危険率が高すぎるから受診を控えようか」と考え直すでしょうか。

こんなことを出発点に、内視鏡検査に関する事故を調べてみました。

韓国の内視鏡検査事故

「朝鮮日報」の記事がトップに検索されました。「睡眠内視鏡検診でまた死亡事故」というタイトルで、事件発生は2003年8月で、使った薬物はプロポフォル(静脈麻酔薬)です。

プロポフォルは麻酔科医の私は手術に使いますが、最近は手術の麻酔以外にも使用範囲が広がっており、日本でも少し話題になっています。

記事は、「最近、苦痛を伴わずに簡単に検査を受けられる『睡眠内視鏡(鎮痛剤と鎮静剤を少量静脈注射する意識下鎮静法を用いた方法)』による検査が拡散している中、検査中に死亡する事例が相次ぎ、こうした検査方法に対する不安を呼んでいる」とあります。

この事件について(韓国の)消化器内科の教授が「麻酔を使った手術に比べれば睡眠内視鏡の死亡率は高いとは言えない」と述べています。彼の叙述自体は事実です。しかし、「手術」と「検査」を並べて比較する論理には賛成できません。先に述べたように、内視鏡検査1000件ごとにがんが1例みつかって手術になるのですから、「検査」の数は手術の数より1000倍も多い理屈です。検査の死亡率が手術の死亡率と同一で当然ですか?

ところで、冒頭の計算は概数なので実際のデータを探しました。「死亡率はどの位か:事故からみえる日本医療の現実」というシンポジウム によると、1994年のデータとして、上部消化管内視鏡処置が630万件行われて、死亡事故47件、 死亡率は 0.000741パーセントです。上記の「10万件に1件」より少し低くて「13万5000件に1件」となります。

「内視鏡検査による事故」を考察した別の頁では「最新の日本消化器内視鏡学会の偶発症の調査では、全体で見ると、内視鏡検査の死亡率は0.00084パーセント」とあり、死亡率は前記シンポウジウムの数値よりほんの少し高いものの基本的には似ています。ところが、すぐその後に「出血、穿孔などの偶発症の頻度は0.0018パーセント」とあって目を引きます。受診数5500件に1件ですから、がん発見5件ごとにこのレベルの偶発症が1件発生する計算になります!

睡眠薬・鎮静薬・麻酔薬による死亡事故

次に、日本での事故例を探しました。出てきたのは「内視鏡検査で大腸に穴、83歳男性死亡…○病院」で、2007年6月、内視鏡による大腸検査を受けた男性の大腸壁に穴が開いて、男性は検査後に腹膜炎を起こして死亡しました。検査が6月8日で死亡は7月28日ですから2カ月弱の経過です。これは医療事故による死亡の因果関係が明らかなので新聞が取り上げたと解釈します。

薬物の合併症による事故としては、内視鏡検査後に乗用車を運転して事故を起こして訴訟となり、「内視鏡検査時に使用した薬物の合併症と考えられる(薬物による「酔っ払い運転」)」として病院が607万円の支払を命じられました。 使用した薬物は、ミダゾラムという睡眠薬の一種でフルマゼニルという拮抗薬を使用して覚醒させましたが、この拮抗薬の作用は短いことが知られ、「病院側の説明義務違反により起きた交通事故」という判決です。

内視鏡に使用した睡眠薬・鎮静薬・麻酔薬による死亡事故は必ず起こっているはずで、探したところ1つみつかりました。平成17年12月に福岡高等裁判所が判決を言い渡してそのまま確定した事件で、胃カメラ検査を受けていた患者さんが、局所麻酔薬の投与を受けて内視鏡が挿入されてまもなく心肺停止状態となり、そのまま亡くなりました。

薬物使用時の問診義務・観察義務・ショック状態になってからの救命義務などを巡って争われました。カルテがずさんで、記録が乏しく、おまけに改ざんとも判定されたようです。

判決が「アナフィラキシー」を原因とした理由がよくわかりません。古い局所麻酔薬のプロカインはアナフィラキシーの頻度が高かったのですが、現用の局所麻酔薬ではアナフィラキシーの発生頻度は低く、あるいは他の薬物の作用かとも疑われます。

内視鏡処置には事故がつきもの!?

DNRの概説的な記事として、「日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団」の頁に、「大学医学部の緩和ケア教育カリキュラムと教科書の作成と提言―大学医学部の緩和ケア教育カリキュラム試案に基づく教科書作成―」(黒子幸一さん)があります。

300行ほどの記事で、タイトルの通り医学部の緩和ケアをいかに教育するかカリキュラムと教科書の枠組みを提案し、その中の「生命倫理」の章で、DNRは尊厳死や安楽死の問題と並んで項目提示されています。もっとも、DNRと尊厳死は法律面ですでに認められた概念と行為ですが、安楽死は日本では議論はされながら正規には認められていません。教科書の構造の提案なので、DNRは位置づけだけで具体的な内容の記述はありません。

DNRには定訳がない

「これだけは知っておきたい内視鏡室のリスクマネジメント」という内視鏡事故を扱った本が、医師向けに出版されています。編集者赤松泰次さんは、内視鏡診療部の専門家です。本自体は読んでいませんが、構成は出版社のホームページに詳しく紹介され、消毒の問題・薬物の問題・事件が発生した後の法的対応など詳しく検討しています。

内視鏡事故への考え方に議論は起こって当然な一方で、こういう本が出版されること自体、「内視鏡処置には事故がつきもの」と医師も考えていると解釈できます。そうした医療事故は、特定の医師の能力が低い故に発生するのではありません。「人間は間違いを犯す生物」だからで、ある確率で事故は必ず発生します。

前に、「PSA検査を受けるのは割に合わないから受けない」というアメリカの医師の主張を紹介しました。1次検診として内視鏡検査が割に合うか、読者の方々も各自慎重に判断してください。

今回は「検診のみ」を問題にしていますが、本来はPSA検査に対する主張のように、その先の治療も加えて余命の延長などを計算して、割に合うか合わないか判定するのが合理的ではないでしょうか。

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