乳がん検診の受診率
検診を受けないと寿命はどの程度短縮するか

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
(2009年6月)

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

乳がん検診の受診率が、日本は欧米諸国に比較して低レベルにとどまっていると非難する記事が新聞などでよく掲載されます。そもそも乳がんの死亡率はどのくらいで、検診を受けることによるメリットと、受けない場合に寿命がどの程度まで短縮するかを知りたいと考えて調査しました。

検診の寿命延長に対する評価

乳がん検診を受けて乳がんが発見された場合、寿命はどれだけ延びるでしょうか。「乳がん検診を受けたくない」人の気持ちは、「検診を受けても受けなくても寿命にあまり差はない」と考えているとします。それをこんな風に簡単に計算しました。

日本の乳がん死亡者数は年間約1万人で、死亡のピークは55歳とあります(ホームページ(HP):乳がん あなたは乳がんにならない?)。

一方、乳がん検診を真面目に受け始めるべき年齢を40歳とします。厚生労働省の平均余命表によると、40歳の女性の平均余命はそこから47年、つまり87歳です(HP:厚生労働省)。

40歳の女性は70万人います。上記の数値を当てはめて、この人たちは本来なら87歳まで生きられるはずが、検診を受けないとその中の1万人が55歳で死にます。それで平均余命がどれだけ短縮するかを計算すると、69万人は87歳まで生き、1万人が55歳で死ぬので、余命は「47×69/70+15×1/70」で、答えは46.54年です。

「乳がんが平均年齢を押し下げる力は0.46年」で、検診を受けて精密検査から治療へ進めば、寿命は0.5歳弱延びます。この計算は少し単純化し過ぎていますが、とにかく乳がん検診で死亡年齢を高く押しやれば、平均余命が少し延びることは間違いありません。この0.5歳をどう評価するか、でしょうか。

受診開始の40歳から60歳までの年齢層は950万人いて、それだけの人が「平均余命を延ばす」という目的で検診を受け続けてようやく達成できる数値です。

「一生懸命に検診の重要性を説いて、お金もかけて0.5歳余命が延びるだけ」とは、意外に効果が小さい、との評価もあるでしょう。個人でみれば、55歳で死ぬか、85歳まで生きるかの差は30年もあり、検診を受ければ87歳まで生きられる1万人が、検診をサボって55歳でむざむざ死ぬのはもったいないことです。

乳がん検診の「侵害度」は低い

乳がん検診に使うのは、「マンモグラフィ」というX線撮影で、乳房をアクリル板で挟んで縦と横から写すのが標準手法です。

この検診法には、他のがん検診と比較して「侵害度が極端に低い」のが特徴で、検診にともなう身体の損傷はほぼゼロです。

胃がん・大腸がんなどの消化器がんの検診は、「侵害度が低い」とは言えません。消化器がんの検診は侵害度が高く、重大な合併症が4千回に1回の割合で生ずるといいます。具体的には、「内視鏡検査で腸に穴があいたり、出血することが起こりえます。その頻度は約0.025パーセント(約4千例に1回)です。その場合は緊急手術が必要になることもあります」(HP:日本消化器がん検診学会)。

4千件に1件は一見低そうですが、80歳まで毎年1回受診すると、受診を40回くりかえすことになり、すると10人に1人は80歳までに上記の危険に一度は遭遇する可能性があります。この危険は、「消化器がんになる可能性」と比較して無視できるほど小さいともいえません。

これに比較して、乳がん検診の中心であるマンモグラフィはずっと質がよく、重大な合併症はありません。消化器がんの内視鏡検診と比較すれば、侵害度は2桁も3桁も低いでしょう。

消化器がんの場合、内視鏡検査を受ける前段階として、潜血反応の検査やX線検査があり、それが陽性のときだけ受けるとの立場なら、「侵害度発生の危険」を率として下げることは可能ですが、乳がん検診には前段階の検査は見あたりません。

検診は「うっとうしい」か

日本の乳がん検診の受診率が低い点と関連して、人口構成の問題に気づきました。

40歳の女性が、検診をサボることによって55歳でむざむざ死ぬのはもったいないし、社会としても損失です。でも、子どもを育て上げて自らの人生を達観した女性が、「ここまでくれば、毎年検診を受けて寿命をこれ以上延ばさなくてもよい」と考えるとして、その感覚は理解できます。私は1937年生まれで、2009年3月で72歳になりましたが、若いときと比較すると「寿命」に対する評価や検診への積極性が薄らいでいると感じます。

検診に消極的になる年齢の線を60歳として、それ以上の人が何人いるでしょうか。人口統計資料(HP:人口統計資料集)によると、日本の女性の総人口が6400万人で、60歳以上の人が1830万人です。一方で40~60歳の間の女性の人数は950万人とほぼ半数です。

今もし、40~60歳を「乳がんを避けたい」と考えて積極的に検診を受ける年齢、60歳以上を「毎年の検診はうっとうしい」と検診に消極的な年齢とすると、後者が前者の2倍多いのです。そうすると、検診率は上記の年齢要因だけで33パーセントという低値になる理屈です。上記の計算は、「検診を受けたいか否か」という気持ちに関して、私のやや勝手な評価に基づく論理で組み立てたもので、数値まで正しいと主張する気はありません。少なくとも、60歳という年齢の線の引き方に異論はあるでしょう。でも、「乳がん検診の受診率が低いのは、日本の人口構成の高齢化にも原因があるかも」とはいえそうです。

ところで、上の論理が正しいなら乳がんの死亡は高齢者に多そうですが、実際は最初に述べたように最頻年齢が55歳で、60歳未満の人が検診をサボっている理屈です。その証拠に、東京の受診率が10パーセントにも満たない点を「受診率が低い」と表現しています。

他の検査法は?

乳がん検診には、超音波検査もあります。マンモグラフィに比較して、単独でのがん検出度は低く、確実性も乏しいようですが、侵害度は極端に低く、しかもマンモグラフィの欠点を補う要素もあり、併用を勧める考え方もあります(HP:ピンクリボンキャンペーン2008)。

超音波は、がんが疑われたときに腫瘍内に針を挿入し、腫瘍細胞を採取し、実際の手術の場でがんのひろがりのチェックにも使います。MRI(核磁気共鳴映像法)検査で検出できるというのも見つかりました(HP:世界最新!健康とサプリメント関連ニュース)。それによると、一般検診のように「全例で調べる」のではなく、発生の危険の高いグループ、たとえば遺伝子が判明していたり、すでに乳がんが見つかって治療した患者さんの反対側の乳がんの検出の目的に有効と述べています。
ともあれ、「精度を上げる」よりも「受診率自体を上げる」のが先決でしょう。

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