特別対談・鈴木 寛(文部科学副大臣)×樋野興夫(順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授)
東日本大震災・原発事故を乗り越え、人類に貢献する日本をつくるために
人間の幸せとは何か。今、それが問われている
すずき かん
1964年、兵庫県生まれ。1986年、東京大学法学部卒業、通商産業省(現経済産業省)に入省。1999年、通商産業省を退官し、慶應義塾大学助教授。2001年、参議院議員選挙に東京選挙区から立候補、初当選。2007年、2期目の当選。民主党政策調査会副会長を経て、2009年、鳩山内閣で文部科学副大臣に就任。2010年、菅内閣で文科副大臣に再任
ひの おきお
1954年、島根県生まれ。米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、同フォクスチュースがんセンター、癌研究所を経て、現在、順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授。医学博士。日本癌学会理事、第99回日本病理学会総会会長、日本家族性腫瘍学会理事長、日本肝臓学会評議員などを務める。著書に『われ21 世紀の新渡戸とならん』『がん哲学』など
大津波、原発事故を伴った東日本大震災は、日本社会に大きなパラダイム転換を迫っている。文部科学省は原発事故による放射能汚染対策に奔走しており、医師たちは放射能による発がんなどの後遺症を心配している。そこで、文部科学副大臣の鈴木寛参議院議員と、順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授で、「がん哲学外来」で異色のがん医療に関わっている樋野興夫さんに、大震災後の日本のあり方などについて、語り合ってもらった。
国難状況の乗り切りに必要な助け合い、最善を尽くす精神
樋野 新渡戸稲造は国際連盟事務次長の在任中、「知的協力委員会」を事務局責任者として主宰し、国際平和の構築に努めました。しかし、昭和8年8月、カナダ・バンフで開かれた「太平洋会議」に出席、体調を崩しカナダ・ビクトリアで静養中、10月に亡くなっています。
実は、その年の3月3日、三陸沖で大地震が起き、三陸沿岸が大津波に襲われています。岩手県生まれの新渡戸稲造は被災地を視察し、「ユニオンイズパワー」(協力は力なり)と励ましています。それから約80年後に、三陸から関東の太平洋沿岸が大津波に襲われ、原発事故まで起きたわけです。日本はこれからどういう道を歩くべきかを、落ち着いて考える時だと思います。
鈴木 今回の原発事故で、あらゆるものには可能性と限界の両面があることを、改めて知らされたような気がします。ですから、この国難状況においても、おごらず、しかしあきらめず、という態度が大切だと思います。至らないから助け合い、みんなが持てるものを持ち寄って、最善を尽くすことの重要性を、もう1度確認し合い、それを深めるいいチャンスだと思います。
これまでの科学は、見えないものを見えるものにしようと努力してきました。医療の世界は、見えないものをレントゲンやMRIや内視鏡で見えるようにし、順調に発展してきました。しかし、問題は見えないものを見えないままで、いかに対処、対峙するかです。そこの知恵を出さない限り、見えないものが見えるようになるまで不安から逃れられない、という悪循環が続くことになります。
社会心理というのは目に見えない、物質化、数値化できないものであり、それをどう扱っていくか、知恵を出し合うべきだと思います。それは、大震災からの復興、原発事故の収束に向けた努力と同じです。
原発事故で明らかになった科学者の意志の疎通の欠如
樋野 私は病理学が専門ですが、「病理学者は相手の顔を診て、その心まで読むべし」と教わってきました。私が開いている「がん哲学外来」では、がん患者さんをフェース・トゥ・フェースで診て、その患者さんが何を考え、何に悩んでいるかを読み取って、いろいろ対話をしています。病理解剖では、「患者さんのがんを見て、手でさわって、がん細胞を顕微鏡で診て、頭の中でそのDNAまで構築」します。「ミクロからマクロまで」、言ってみれば、「森を見て木の皮まで見る」というのが、病理学の学問体系です。
だからこそ、人間社会病理と細胞社会病理にアナロジー(*)を見いだすわけです。たとえば、一家の中に不良息子ができ、彼をどう立ち直らせるかということと、がん細胞をどう立ち直らせるかということには、アナロジーがあるのです。ある社会病理と細胞病理をドッキングさせることによって、これまで考えつかなかったような治療法やアイデアを着想するのが、「がん哲学外来」の夢です。
鈴木 以前、樋野先生に教わったことですが、一流の病理の先生5人が、同じがん細胞を見たとしても、その診断は微妙に違ってくる。がんであるか、ないかのバウンダリー(境界的)なところは、先生によって微妙に診断が違う。
今、起こっていることは、そういうことなんじゃないかと思うわけです。人間社会はある目的を持ってフレームをつくります。あるフレームでは、ある人はがん患者さんになりますが、別のフレームではがん患者さんでなくなる。どういう立ち位置を取るかによって、同じ事象でもさまざまに見えてくる。
今回の原発に関する混乱は、科学コミュニティーの中の、それぞれの分野別のサイエンティストが、隣の分野のサイエンティストとコミュニケートをする言葉を持っていなかった、ということではないかと思います。最も不安なのは、プロ同士が正常なコミュニケーションができていないことです。
*アナロジー=ある事柄をもとに他の事柄をおしはかって考えること
きちんと人格形成しないとその人の言葉は信用されず
樋野 専門家同士の対話がないと言われましたが、それは、実は専門家が専門分野を究め尽くしていない可能性があります。そういう人たちが同じテーブルに座っても、優先順位を付けることはできないのです。まず優先順位の付けられるプロフェッショナルを養成する必要があります。
日本人は、何を言ったかではなく、誰が言ったかを見る国民です。十分な人格形成が行われていないような専門家が、いくら「安全です」と言っても、国民は安心しない。
鈴木 プロの人格形成という観点を、私なりに言えば、日本の高等教育は真のPhD.(ドクター・オブ・フィロソフィー)を養成する教育を目指さなくてはならない。今の日本には、専門分野で卓越した人はいますが、フィロソフィーの部分で欠落した人が多い。
それから、その人の動機が善であるかどうか、そしてその人の知識、技能、人脈など、すべてをふりしぼって全力で事態に臨んでいるかどうか、それに尽きます。世のため人のためという動機をもって、日々全力投球する。その積み重ねによって、人格・人徳ができあがる。
大事なことは、その瞬間、瞬間に、全力を尽くしてきたかどうかです。結果責任だけを求めたら、医療は萎縮医療にならざるを得ない。現実に、今の日本では、いろいろなプロの分野で萎縮現象が起きています。善なるウイル(意志・意欲)を持っているプロが、過度に結果を求められる中で萎縮し、善なるウイルを発揮できない悪循環に陥っている。
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