声を上げ、風をおこそう!
医療を患者の手にするために

発行:2005年5月
更新:2013年4月

  
三浦捷一さん
肝臓がんを発病するまで
がん治療の最前線で患者のための
診療に精力を傾けていた
三浦捷一さん

日本のがん医療は、欧米に20年遅れているといわれます。

考えてみれば、インフォームド・コンセントやセカンドオピニオンなどといった、新しい医療の考え方はほとんど欧米から持ち込まれたものです。

その遅れた中に、患者の側から新しい小さな風を吹き込もうとしている人がいます。大阪在住のがん患者であり医師である三浦捷一さんです。

2005年5月28日に開催された「がん患者大集会」の発案者です。

この小さな風を行政や医療界に届け、大きな嵐にするのは、あなたの声です。

「がん患者大集会」発案者の三浦捷一さんにその発想と構想を聞く

「がん患者大集会」ポスター

――三浦さんは、肝臓がんの患者さんとして、再発防止薬の非環式レチノイドが飲めないのはおかしいと社会に訴え、そこから「癌治療薬早期認可を求める会」という患者会も立ち上げています。今回、三浦さんががん患者大集会を企画されたその背景からお伺いしたいと思います。

「僕は、もともとレチノイド、肝臓がんにこだわって社会にアピールしたわけではないんです。本当は自分のがんの話だけをしたくはなかった。がんになった患者として、すべての患者に役立つことをしようと思っていたんです。ところが、それではあまりに抽象的すぎるし、課題が大きすぎるため、1人立ち上がったところで誰にも相手にされないだろうと思った。そこで、どこか突破口がないかと探したとき、レチノイドがあったんです。
肝臓がんは死亡率第3位のがんだし、これほど原因がはっきりしているがんもない。しかもC型肝炎の蔓延は国の責任でもある。その肝臓がんの再発を防ぐレチノイドが、患者が望んでいるのに使えないというのはおかしいのではないか。これが突破できれば、すべてのがんの前に横たわっている障害が取り払われ、新しい道が開けるのではないかと考えたんです。
だから、全国のがん患者が一堂に集まって、患者が日常困っている問題を社会や行政に訴え、改善を求めるのは、いわば当然の帰結なのです。レチノイドや未承認抗がん剤の問題に取り組んで来て、次第に機が熟してきた。今こそ全国のがん患者が集まり、声を上げるべきだと思ったんです」

――がん患者大集会は、「がん難民! そんな言葉をなくしたい!! ~変えよう日本のがん医療、手をつなごう患者と家族たち~」と標語を銘打っていますが、この集まりの趣旨は? 何を目指してやろうとしているんでしょうか。

「全国にはがん患者会、団体が数多くあります。がん患者同士でないとわからない悩みなどを共有し、精神的なよりどころを得るなど、癒しや安らぎを求める患者会もあれば、よりよい医療を受けるために病気についての理解を深め、学習や情報収集に力を注いでいる会もあります。しかし、今回企画したがん患者大集会は、そういうものではなく、もっと根本的な問題、がん患者すべてに共通するがん医療に関する問題の解決を図るために集まろうじゃないか、そして患者主体の、よりよい医療への改善、医療改革を目指そうじゃないかというものです」

憲法で保障された生存権

――今、がん医療は難問が山積しています。がんの標準治療が確立していない。化学療法の専門家が少ない。放射線治療の専門家も少ない、そのために化学療法や放射線治療で医療過誤が多発している。痛みで苦しんでいる患者さんがまだまだ多い。患者さんが希望する治療やケアを行ってもらえないなど、挙げているときりがないくらいです。本誌も医療改革は大賛成で、創刊号からこの必要性は訴えてきました。

「そうでしたね。だから僕も『がんサポート』誌の『編集方針』を見ろといつも言っているんですよ。ただ僕は、みんなから抜けて落ちている視点、もっと根本的な視点を強調したいんです。それは、そのような山積する数々の医療問題を根本的に解決する基本理念として、一番に憲法があるという点です。
法律の中で最高の権威を持っているのが、憲法です。憲法こそ最も尊重されなければいけません。今、医療のすべては薬事法に則って実施されていますが、その薬事法は憲法に則って施行されなければならないのです。では、薬事法は憲法に則って施行されているのかと言えば、疑問が多々あります。たとえば未承認抗がん剤の問題です。憲法から見れば、これを国民が使えるようにするのは国の義務です。それをしなかったら、国は不作為、つまり「なすべきことをなさない」という責任が問われる。国は未承認薬を承認するための努力をしなければいけない。これが憲法の精神です。その努力をしないのであれば、憲法で保障されている国民の生存権を保障する義務を国が怠っていることになるわけです。
ただ、憲法がどうのこうのと言い出すと、堅苦しくて、また抽象的な理屈になりすぎ、なかなか多くの患者さんがついてこれなくなってしまう。だからそれをなるべく具体的な目標にして、わかりやすく打ち出し表現していきたいと思っています」

――では、その具体的な目標とは?

「がん患者みんなに共通する目標を掲げる必要があり、1つは未承認抗がん剤の問題を取り上げています。肺がん治療薬のイレッサは社会問題にもなっていますし、大腸がんの治療薬であるオキサリプラチンが使えないのは、アジアの中でも北朝鮮とモンゴル、日本の、3カ国だけと言われています。それから医療情報。これに関しては、医師と患者との間では大きなギャップがあります。普通の患者さんはいい情報になかなかたどり着けない。情報のない患者さんは医師に聞きたいことが聞けず、言いたいこともなかなか言えない。そういう問題をどうするか。もう1つは、地域格差です。最近は地方の病院でもCTやMRIなどの最新機器が入り、一見都市と地方の格差が縮まったかのように見えますが、医療の考え方や技術には依然大きな格差があり、地方の患者さんは嘆いています。
ただ、最終的な目標としては、情報センターです。具体的には、日本がん情報センターというものを2010年までに設立するのが目標です。それを着地点として、今後すべてのスケジュールを組んでいく予定です」

オキサリプラチン(商品名エルプラチン)は2005年3月18日、ようやく承認され、同年4月に発売されました。

患者のための情報センター

――なぜ、情報センターが必要なのか、またその構想についてもう少し詳しくお伺いできますか。

「患者さんが一番求めているものは、集約すると、希望と情報だと思います。希望というのは精神的なもので、情報が整い、環境がきちんと整備されればそれが希望にもなります。その意味で情報が最も大事だと思います。そこで、がん医療に関する正しい情報が全国にいきわたり、それを患者がいつでもどこでも手に入れられ、実際の医療や生活に役立つものにする必要があるんです。そのために、そういう情報を提供できる情報センターが必要になるわけです。

――ただ現状は、正しい情報も間違った情報も玉石混交にで、患者さんも混乱するばかりです。その点からも、きちんとした情報の整備は急務になっています。

「そうなんです。今、セカンドオピニオンが流行っていますが、実はこれが間違っていることもあります。逆に、ファーストオピニオンのほうが正しい場合もある。さらにはサードオピニオンを求める人もいれば、インターネットで調べる人もいる。そうしていくと、どんどん深みに入り、わけが分からなくなり、情報のどつぼにはまり込んでしまう。だから、情報の統一化、均一化、標準化が必要なんです。そして日本各地のがんの拠点病院に情報センターを設置する構想を考えています。
そこには信頼できる集学的な医療チームがいて、患者の診療情報を見て、この患者への適切な治療はこうこうこうだとオピニオンを出す。これを私はスタンダードオピニオンと言っていますが、これが必要なんです。しかも、そこには医師と患者の間を取り持つ医療コーディネーターがいて、そうしたオピニオンについて患者さんに噛み砕いてわかりやすく説明する。もちろん医療コーディネーターを育成する必要がありますが、そうすれば、患者さんにとってもよく、また多忙な医師も説明から解放され、『3時間待ちの3分診療』問題が解消されます。
ただ、これと同じような情報センターを行政側も設置しようと計画が進んでいます。しかし、それは患者不在のセンターで、医療提供者、研究者の視点で作ろうとしているんです。我々が構想しているセンターは、むろん患者のための情報センターで、新しい施設建設の必要はなく、拠点病院の1室だけを提供してもらうだけででき、費用も少なくてすむ。こういう患者側に立った医療を作っていくため、患者が声を上げていく必要があるんです」

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