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好中球減少予防 代替療法にもエビデンスを追究する意義 乳がんの補助化学療法 AHCCに副作用軽減の可能性が?

監修●岩瀬 哲 東京大学医科学研究所附属病院緩和医療科特任講師
監修●半谷 匠 東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科
取材・文●伊波達也
発行:2013年12月
更新:2019年9月

  
「エビデンスを示すのは当然のこと」と話す岩瀬哲さん
「AHCCの効果をさらに詳しく検証します」と話す半谷匠さん

生命やQOL(生活の質)に影響を与える抗がん薬の副作用。乳がんの補助化学療法では、副作用を軽減させるために、代替療法の1つであるAHCCの効果が、科学的に検証され始めている。

キノコ菌糸体AHCC副作用軽減に貢献か

がん患者さんの多くは、治療に伴い、吐き気、嘔吐、口内炎、脱毛といったQOL(生活の質)に関わるものから、白血球の減少といった生命に関わるものまで多岐にわたる副作用と付き合っていく必要がある。

そのため、漢方や鍼灸、アロマテラピー、気功、食品などの補完代替医療を活用している人も多い。エビデンス(科学的根拠)が乏しいものがほとんどだが、この補完代替医療に対し、科学的に検証する試みがなされている。2013年2月に米国・アリゾナ州フェニックスで開催された米国静脈経腸栄養学会(ASPEN)における「乳がん補助化学療法の有害事象に対するAHCCの影響に関する探索研究」という研究発表だ。

AHCCとは、キノコの菌糸体を大型タンクで長期間培養することで得られる菌糸体培養抽出物だ。この主成分のα-グルカンが免疫賦活に関与していると考えられている。

従来、キノコの菌糸体ではβ-グルカンが注目されてきたが、AHCC中のα-グルカンは分子量5千程度のものがあり、これはβ-グルカン(分子量10万~数百万)よりも低分子のため吸収性が良いと考えられている。また、サイトカイン反応性や細胞性免疫誘導などの免疫応答が、β-グルカンと異なると考えられている。

これまでにも、キノコ類が免疫を活性化させるかもしれないという議論は数々あった。しかし、エビデンスを探る試験を実施し、その結果に則って有効性が報告された食品は今のところなく、このAHCCによる研究結果は大きな期待を呼んでいる。

*α-グルカン=ブドウ糖が結びついてできたグルカンの1つ。米や麦などに含まれるデンプンなど
*β-グルカン=体内の感染細胞やがん細胞を攻撃するマクロファージ(白血球の一種)や、NK(ナチュラルキラー)細胞(リンパ球の一種)、T細胞(リンパ球の一種)、キラーT細胞(がん細胞を攻撃する免疫細胞)を活性化させる働きがあり、キノコ類に多く含まれる

AHCC (Active Hexose Correlated Compound)=多糖類関連化合物 サイトカイン=免疫細胞の伝達物質 細胞性免疫=ウイルス感染細胞やがん細胞など自分の細胞に隠れている異常を発見して、Tリンパ球やNK細胞などが直接攻撃する免疫の仕組み

AHCCが好中球の減少を抑制する可能性が

同研究のメンバーである東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科の半谷匠さんは、今回の研究内容について、次のように説明する。

「この後ろ向き研究は、2004年10月から2011年3月までの期間で、アンスラサイクリン系とタキサン系の薬剤で抗がん薬治療を受けた乳がん患者さんを対象に、治療中にAHCCを服用した患者さん18人と服用していない患者さん23人を対象に、抗がん薬の副作用の種類(吐き気、骨髄抑制、脱毛、肝障害、腎障害)や程度を比較したものです(服用した人・しない人の観察期間は異なる)。この研究に着手したきっかけには、動物実験の基礎データで、骨髄抑制や肝障害、腎障害を改善するという結果があったためです。また、人を対象にして安全性を検証する第1相にあたる臨床試験では、

問題となる有害事象が殆どなかったので探索を実施しました」

今回の研究で、乳がん患者さんを選んだ背景には、乳がんの補助化学療法の第1選択とされるアンスラサイクリン系薬剤とタキサン系薬剤をターゲットとすることに意義があったという(表1)。

■表1 患者さんの特性

 特 性  AHCC服用(人数=18人)  AHCC非服用(人数=23人)
 年齢  平均  43.6  45.1
 年齢幅  33-52  31-61
 腫瘍の大きさ(cm)  平均  2.94  2.86
   0.5-8.5  0.3-10
 病期    3  6
 ⅡA  9  8
 ⅡB  4  7
 ⅢA  1  2
 不明  1  0
 エストロゲン
(卵胞ホルモン)
 陽性  14 18
 陰性 3  5
 不明  1  0
 プロゲステロン
(黄体ホルモン)
 陽性  13  17
 陰性  4  6
 不明  1  0
 ■表2 有害事象の比較

AHCC服用 人数(%) AHCC非服用 人数(%)
グレード 0 1 2 3 4 5 0 1 2 3 4 5
AST増加 9(50.0) 9(50.0) 10(43.4) 12(52.1) 1(4.3)
ALT増加 8(44.4) 8(44.4) 2(11.1) 6(26.0) 15(65.2) 1(4.3) 1(4.3)
γ-GTP増加 8(44.4) 5(27.7) 2(11.1) 3(16.6) 15(65.2) 5(21.7) 1(4.3) 2(8.6)
トリグリ
セリド
増加
5(27.7) 12(66.6) 1(5.5) 7(30.4) 8(34.7) 6(26.0) 2(8.6)
T-Chol増加 6(33.3) 11(61.1) 1(5.5) 7(30.4) 12(52.1) 4(17.3)
白血球減少 2(11.1) 5(27.7) 10(55.5) 1(5.5) 5(21.7) 5(21.7) 10(43.4) 3(13.0)
好中球減少 2(11.1) 3(16.7) 8(44.4) 4(22.2) 1(5.6) 2(25.0) 0(0.0) 4(50.0) 2(25.0)

・グレード2以上の有害事象について調べると、統計学的有意差はないものの中性脂肪、総コレステロールにおいてAHCC群はコントロール群よりも頻度が少なかった
・γ-GTPに関して有意差はないものの、AHCC群で多いという結果だった
*AST・ALT・γ-GTP=血中に含まれるAST(アスパラギン酸アミノ基転移酵素)・ALT(アスパラギン酸アミノ基転移酵素)・γ-GTP(γ-グルタミルトランスペプチターゼアミノ酸)の濃度を表す。AST・ALT・γ-GTPはアミノ酸の合成に必要な酵素で、肝臓の細胞が壊れると血液中に出てくるため肝機能のチェックとして使用される。AST・ALT基準値:0~30(IU/I)、γ-GTP基準値:0~50(IU/I) *トリグリセリド=血液中の脂肪(中性脂肪)の一種。女性の基準値:29~188(mg/dL) *T-Chol(total cholesterol)=総コレステロール。日本人の基準値:130~200(mg/dL) *トリグリセリド=血液中の脂肪(中性脂肪)の一種。女性の基準値:29~188(mg/dL) *好中球=骨髄で作られる白血球の一種。感染を防ぐ役割を持つ

この2つの薬剤は、手術前後の化学療法を受ける乳がん患者さんに対して、優れた予後延長効果をもたらす一方で、吐き気、骨髄抑制、脱毛、肝障害、腎障害など、まさにがん患者さんが回避したい有害事象を引き起こすことが問題になっていたからだ。

また、乳がん補助化学療法の対象となるような患者さんは、元気でQOLの高い人が多く、外来治療をしているので研究に参加してもらいやすいという理由もあった。

 ■図3 タキサン療法のG-CSF製剤使用頻度・タキサン療法1クールあたりのG-CSF製剤の使用頻度について解析したところ、AHCC群で有意に少なかった。同群では好中球減少の程度が小さく、G-CSF製剤投与の必要性が低かった可能性が示唆される

「結果としては、AHCCを服用した患者群では、細菌やウイルス感染からの防御を担う白血球のうちの1つである好中球の減少を抑制する可能性がみられました。その根拠として、好中球の減少が起きたときに投与するG-CSFという薬の使用頻度が、タキサン療法1クールあたりにおいてAHCCを服用した群のほうが少数だったことにあります。今回、好中球の結果に注視したのは、体内に侵入した細菌や真菌類から感染を防ぐ役割があり、好中球減少がとくに副作用としての対策が必要なものだからです。また、G-CSF投与の違いという分かりやすい指標があったからです」(表2、図3)

p(probability value)=有意確率(同じことが他のサンプルでも確率的に言える)。p=0.008とは、1000回のうち8回は異なった結果が出る可能性があるという意味 G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)=サイトカインの一種で、好中球を増加させる作用がある。がん化学療法による好中球減少症や再生不良性貧血に伴う好中球減少症に用いられる

効果については、さらなる検証が必要

研究のとりまとめを担当した、東京大学医科学研究所附属病院緩和医療科特任講師で、JORTC(日本がん研究治療機構)のデータセンター長でもある岩瀬哲さんは、研究結果について次のように評価する。

「今回の結果は注目すべきことです。しかし、これはあくまでもAHCCが患者さんの副作用を軽減し、QOLを維持するかもしれないという仮説の『入口』に差し掛かったに過ぎないと考えています。ですから、AHCCが乳がん患者さんの好中球減少を抑制しているという確かなエビデンスを得られたわけではありません」

そこで、今回の結果をもう一段階確度の高い方法で探索するために、2014年には、乳がんの補助化学療法を受ける患者さん40人を対象に、AHCCを服用する群と服用しない群に無作為に割り付けて、1~2年間、経過を観察していく探索研究を実施する予定だ。

「AHCCが本当に有害事象を軽減する効果があるのか、さらに詳しく検証していきます」(半谷さん)

エビデンスに基づいた製剤の活用が大切

AHCCは薬剤ではなく食品の位置づけなので、新薬に課せられるような厳密な治験は求められていない。しかし、「がん患者さんの治療を補助する製剤である限り、きちんとしたエビデンスを示すのは当然のことです」と岩瀬さんは話す。

「私の専門分野である緩和ケアにおいては、患者さんのQOLをできるだけ保っていくことが重要です。終末期に至るまで、補助的な治療をしっかり実施していくためには、可能性があるものはきちんと順序立てて検証していくべきです。新薬を開発する治験とは意味合いが異なりますが、エビデンスを担保することは重要です」

AHCCに関しては、突き詰めていけばエビデンスが確立するのに、最低4年はかかるという。このように、代替医療のエビデンスの確立にそこまで挑もうとするケースは、今までに例を見ない。

ただし、AHCCに対する明確なエビデンスが確立できたならば画期的である。このケースが、他臓器のがんに対する検証や、他の製剤を用いた検証が始まる契機になるかもしれない。

いずれにしても、医師としても「エビデンスがないけど、飲んでもいいよ」というようなあいまいなことを言わないで済むようになり、患者さんが安心して服用できるようにすることが大切だと、岩瀬さんと半谷さんは異口同音に話した。

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