副作用はもう恐れることはない
正しく理解することから始まる、症状緩和のセルフケア
成人看護学教授の
飯野京子さん
いいの きょうこ
1960年生まれ。
82年新潟大学医療技術短期大学部卒。
1999年聖路加看護大学大学院修士課程成人看護学がん看護CNSコース卒。
82年国立がん研究センター中央病院、看護師。
2001年国立看護大学校成人看護学教授。
専門は、成人看護学、がん看護。
ひと昔前のがんの患者さんは、病院で医療者にお任せというのが基本でした。1日に4回も検温があり、何かあればナース・コールで看護師を呼ぶのが当たり前だったのです。
ところが最近の患者さんは、外来治療が増えてセルフケアの時代を迎え、抗がん剤の副作用や症状についてよく勉強し、様々な知識を持つようになりました。もっともその中には正しく理解していることと、わかっているようでわかっていないことがあると思います。
副作用がどのように現れるかを正しく知ることにより、苦痛を最小限に抑えるための心構えができますし、様々な準備に向かうことができます。抗がん剤治療を受けるとき、主治医に
「自分は何日くらいで、どんな症状が出るでしょうか? どう対処したらいいでしょうか?」
ということを聞いて、正しい知識を備えておくことが大切です。
まず、抗がん剤治療を受けている患者さんが最も苦痛としている副作用は、吐き気・嘔吐です。例えば乳がんを例にとっても、用いる抗がん剤は毎週投与とか、毎日服用などいろいろな種類があって、副作用が出やすい、出にくいという個人差もあります。具体的に解説していきましょう。
吐き気・嘔吐
●制吐剤を正しく使い、苦痛を最小限に抑える
それを受けた5-HT3受容体が脳内のCTZを介して延髄の嘔吐中枢を刺激して、嘔吐が起こる。もう1つは、サブスタンスPと呼ばれる物質が別の受容体に取り込まれ、これがまた延髄の嘔吐中枢を刺激する
それぞれの抗がん剤により、吐き気・嘔吐の出現頻度がわかってきました。どういう薬を使ったとき、どの程度吐きやすいのかを知っておくだけでも、吐き気・嘔吐への不安は和らげられるのです。
ブリプラチン(またはランダ、一般名シスプラチン)などの抗がん剤を用いたときの吐き気を抑えるために、必ずセロトニン(5-HT3)受容体拮抗薬のカイトリル(一般名塩酸グラニセトロン錠)などの制吐剤を使うようになっています。
その場合、これはまず医療者が注意すべきことでもありますが、適切な制吐剤を最初からきちんと使っていくことが大切なのです。最初から使わずに、1回でも吐いてしまうと、その体験が植えつけられて、次からも吐くことになりやすいからです。
こうしたことを知っておけば、患者さんはあとあとまで吐き気・嘔吐に苦しまずに済む可能性が出てきます。
脱毛
●頭皮を守るかつらは治療前に用意しておく
多くの抗がん剤は脱毛を引き起こします。予想していても、実際に脱毛が起こるととてもショックです。抗がん剤の副作用による脱毛は、パラパラとした普通の抜け毛とは違って、櫛を通すと髪がごっそり抜けてしまいます。ヘアスタイルが大きく変わると、形相がすっかり変わり、「自分はこんなに重い病気になってしまったのだ」と自覚させられます。
患者さんにとって、脱毛は時には治療を拒否したくなるほどつらいものです。でも、同じ起こるにしても、いつ頃、どのように髪が抜けるか、ということがわかっていると、抜けたときのショックは全然違います。
患者さんは、抗がん剤の副作用の苦痛をできるだけ小さく抑えたいと思っています。その第1段階として、治療前に必要な物品を用意したり体の準備をしておくと、かなり救われます。たとえば脱毛に備えて用意するかつらもその1つです。
かつらはオーダーならでき上がるのに10日くらいかかります。髪が抜け始めた頃からすぐにかつらを利用できるようにするためには、髪の毛が抜ける時期を医療者から聞いておいて、少なくとも10日くらい前に注文しておく必要があります。
かつらやスカーフなどは、脱毛したときの容貌を整えるためだけものではありません。もともと頭髪は頭皮を保護する役割があり、頭髪がないと外傷を受けやすくなったり、免疫力が低下したりします。ですから、頭髪の代わりに頭皮を守るのもかつらの大切な役割なのです。
かつらの中でも専用の医療用かつらというものがあります。このかつらは容姿を整えるという機能はもちろん、頭皮を外傷から守り保湿性を高めるという生理的な役割を持ちます。違和感が少なく、頭皮を刺激せず、不潔にならない、治療後の発毛、育毛を妨げないなどの特徴があります。価格は通常のかつらに比べてかなり高めです。
また脱毛すると、「髪がないからシャンプーしなくていい」などと考える人がいます。しかし、もともとシャンプーは、髪の汚れを取るというより頭皮の清潔さを守るために行うものです。その意味では髪が抜けたときでもきちんとシャンプーをして、外から帰ってかつらを外したときも、必ずナイトキャップをして頭皮を守ることが大切です。
抗がん剤治療を受ける前に、あらかじめ脱毛を予想して髪を短く切っておくという準備の仕方もあります。もちろん脱毛だけでなく抗がん剤の副作用は、ほかにもいろいろあります。どうしても下痢をしがちなので、治療前に便通を調整しておくことも心構えの1つでしょう。
骨髄機能抑制
●副作作用の目安を把握すると、前向きになれる
抗がん剤の副作用を予防するためには、まず副作用の正体をよく知る必要があります。副作用は必ずしも明らかな「症状」として現われるとは限りません。
骨髄機能抑制ということも抗がん剤の副作用の1つです。血液の製造工場である骨髄の働きが低下して、赤血球、白血球、血小板の生産が落ちてしまいます。ところが、骨髄機能抑制の典型的症状は「症状がない」ということです。これに対して目安になるのは、血液細胞の数の減少です。
赤血球の標準正常値は400万/マイクロリットル(以下、単位省略)くらい、白血球は4000~8000くらいで、白血球のうち34~80パーセントを好中球という細胞が占めています。患者さんはこれらに関して自分の数値を知っていることが多いのですが、骨髄機能抑制がそれとどう結びつくのかについては、必ずしもよく知りません。
じつはこれら血液細胞の中で、赤血球の体内の半減期は約120日、血小板は約7日なのに対して、白血球中の好中球は非常に新陳代謝が早く半減期はわずか8時間くらいです。
そのため、抗がん剤使用によって骨髄中の造血幹細胞などの血液製造工場が影響を受けると最も早く好中球が下がりやすく、好中球に関連した症状が出やすくなるのです。
好中球は1000以下では感染の頻度が増し、500以下では重症感染症が多く、100以下では致命的な感染症が発症しやすいといわれます。病原菌の侵入など細菌感染が最も大きな原因と考えられるのです。そこでこうした白血球減少という問題に対してG-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)という薬をよく使います。
骨髄機能抑制が現れやすいのは、3週間の抗がん剤メニューなら普通はだいたい2週間目くらいですが、体調などによって個人差が出てきます。抗がん剤治療は白血球3000以下だと治療しないことになっていますが、逆にいえば3001でも治療を開始するわけです。
ですから治療開始時の白血球のベースラインが人によって違ってきます。患者さんはまずは医師から、自分がどの程度の免疫力があって、治療を受けるとそれがどの程度下がって感染しやすくなり、G-CSFが必要になりそうか、という治療の目安を聞いて知っておいてもらうことがポイントです。
血液のデータは、たとえば「白血球は9000で、この中の80パーセントが好中球」というふうに表示されます。こんなふうに白血球の中の大多数が好中球で占められていて、7000とか5000という数値であれば全く問題はありません。
こうした数値の意味がわかっていれば、好中球がどのくらい下がったかといった目安にしやすいでしょう。「もうちょっとでよくなりますよ」というふうに言われながら入院しているよりも、「今日は3000だからだいぶ回復してきましたね。もう大丈夫です」と数値で言われたほうが、より確かな目安になるし、患者さん自身の大きな励みにもつながっていくのです。
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