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祢津加奈子の新・先端医療の現場1

輸血ゼロ、勃起神経温存にうってつけの、膀胱がんこそロボット手術

監修●橘 政昭 東京医科大学病院泌尿器科主任教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年1月
更新:2019年8月

  
橘政昭さん
東京医科大学病院
泌尿器科主任教授の
橘政昭さん

アメリカでは、泌尿器科の手術の多くが「ダヴィンチ」によるロボット手術で行われている。日本でも、東京医科大学病院で前立腺に続いて、ようやく膀胱がんのロボット手術が始まった。膀胱がんのロボット手術とは? なぜロボット手術が必要なのだろうか。

巨大なカニの足のよう

写真:手術支援ロボット「ダヴィンチ」

膀胱全摘術に適応が広がった手術支援ロボット「ダヴィンチ」

写真:遠隔操作で手術を行う

執刀医は、ベッドから少し離れた場所に置かれたサージカルコンソールボックス(左)から遠隔操作で手術を行う

「さあ、始めようか」という執刀医の言葉を合図に、ダヴィンチの4本のアーム(ロボットの腕となる部分)がベッドサイドに向かってゆっくりと動き始めた。まるで、巨大なカニの足のように見える。

患者は、膀胱がんの67歳の男性だ。すでに、腹部にはアームに装着された鉗子や内視鏡を挿入するための4つのポート(小さな穴)と、内視鏡を挿入するための比較的大きなポートが設置され、腹部は炭酸ガスを注入しているために膨れ上がっている。手術器具を操作する空間をつくるために、炭酸ガスを腹腔内に入れるのだ。実は、この腹腔内の圧力が静脈を圧迫し、手術中の出血を防ぐのにも役立っている。

ベッドから少し離れた片隅には、サージカルコンソールボックスと呼ばれる操作台があり、執刀医はその前にすわって、双眼鏡のようなカメラをのぞく。ここから術野をのぞきながら、両手でアームに取り付けた鉗子などの手術器具を操作する。

手よりもなめらかな動き

写真:サージカルコンソールボックスでの操作
写真:サージカルコンソールボックスの双眼鏡

双眼鏡で見る術野は3Dの立体画像。サージカルコンソールボックスでの操作は、患者さんの腹腔内に入っている鉗子に、そのまま伝わる

この操作性の高さが、ダヴィンチの最大の売り。双眼鏡を通して見える術野は3Dで遠近感を備えた立体画像だ。サージカルコンソールボックスの操作台にある指ぬきのようなリングに両手の親指と人指し指を入れてクルクルと動かし、アーム操作をする。すると、まるで寝ている患者の腹腔内に入って鉗子を操作しているような感覚で手術ができるのだ。

実際には、アームには人間の関節以上に広範囲(180度)に動く関節がついていて、指の動きに連動して驚くほどなめらかに動く。小さな関節をさまざまな角度に曲げて、裏から組織をつかんだり、組織を剥離したり、鉗子で組織をつかみながら、もう一方の電気メスで組織を焼いて切断する。

「内視鏡を動かして肉眼では見えない部位まで見ながら、自在にアームを動かし、1番やりやすい角度で切開したり、縫合することができるのです」と、橘さんは説明している。見たいところを10倍まで拡大して見られるのもダヴィンチの利点。

通常の腹腔鏡手術では、手術器具を入れる穴の数は同じでもこうはいかない。関節機能のない、直線で長い柄の先についた手術器具を腹腔内で操作するには、熟練が必要とされ、部位によっては極めて操作が難しい。実は、こうしたダヴィンチのメリットを最大限に生かせるのが、膀胱や前立腺が収まる骨盤内の手術なのだ。

狭い骨盤内の手術はロボットが最適

写真:「ダヴィンチ」での手術

カニの足のようなダヴィンチのアームは、ぐねぐねと動いているが、術野の操作は5ミリの鉗子で行う細かい手術だ

写真:鉗子

人間以上に広範囲(180度)に動く関節がついた鉗子

同病院に、米国製の手術支援ロボット「ダヴィンチ」が導入されたのは、2005年の夏。以来、前立腺がんの手術は250例以上行われている。

橘さんによると、「その前に腹腔鏡が注目されて、ここでも5例程前立腺の全摘手術を腹腔鏡で行いました。でも、非常に時間がかかって、最後の1例は夕方までかかって完遂したのですが、4例は途中から開腹手術に変更になりました」。

骨盤の中にはいろいろな臓器が入っているが、中でも手術が難しいのが前立腺や膀胱がおさまる小骨盤と呼ばれる部位。ここは、前方に恥骨があるため、「まるで狭いコップの中で手を動かすような感じで、開腹手術でも難しい」という。

とくに難しいのが、尿道に付着する深部背側静脈叢の処理。「尿道から剥離して結紮(結ぶ)、切断するのですが、1本の血管ではなく血管のネットワークなので、出血しやすく止血が非常に難しいのです」と橘さん。前立腺を摘出したあと、尿道と膀胱を縫い合わせる作業も、ふつうはほとんどブラインド(手さぐり)で行われるそうだ。しかし、ダヴィンチならば、こうした狭い部位の操作も、格段に精度が高くなる。

加えて、長い柄のついた鉗子を腹腔鏡下で動かすと、手振れが大きいが、ダヴィンチは、手振れも自動的に補正してくれる。つまり、腹腔鏡の場合は、2次元のカメラで平面的な術野を見て、操作しにくい手術器具を使い、手振れに注意しながら、何とか手術を行うのだが、ダヴィンチではこうした欠点が全てクリアされているのだ。

操作性がいいので、扱いもずっと楽にできる。その結果、「習熟も早く、平均すると10~20例手術を経験すると、安定した操作ができるようになる」という。ちなみに、腹腔鏡の場合は、初めて腹腔鏡を扱う人ならば100例、慣れた人でも膀胱全摘術をマスターするには50~60例の手術経験が必要だという。

これが、アメリカで前立腺がんの摘出手術が、腹腔鏡からダヴィンチへと急速に移行した最大の原因なのである。


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