凄腕の医療人 林 基弘

不可能を可能に――ガンマナイフで治療への道を突破

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年5月
更新:2013年8月

  

林 基弘 はやし もとひろ 東京女子医科大学病院脳神経外科講師

1991年群馬大学医学部卒業。東京女子医科大学脳神経外科入局。1994年からガンマナイフ治療に従事。1997年医学博士・日本脳神経外科学会認定専門医。1999~2001年フランス・マルセイユ・ティモンヌ大学留学。2001年東京女子医科大学ガンマナイフユニット治療責任者。2004年さいたまガンマナイフセンター開設。2007年東京女子医科大学脳神経外科講師。2010~2013年世界脳神経外科学会・定位放射線治療部門副会長。15年開催予定の国際定位放射線治療学会学術大会長

ガンマナイフは、頭蓋底など脳の深部にできた転移性脳腫瘍の治療を可能にしてきた。その先頭で、「たとえ治療不可能とされても、必ず突破口はあるはず」と常に患者さんのために安全で確実な照射法を開拓してきたのが東京女子医科大学脳神経外科講師の林基弘さんだ。


ガンマナイフは、放射線の一種、ガンマ線を1点に集中させ、ピンポイントで組織を攻撃する放射線治療装置。その性質から、脳の深部にできた転移性脳腫瘍の治療に効果を上げている。林さんはこの分野の第一人者だ。

唯一の痛みは第一段階だけ

CTやMRIに形が似ている。絞りが内臓されているので治療計画どおりにコンピュータが大きさを変え、自動的に照射する

この日、治療を受けたのは、激しい顔面の痛みに苦しんできた三叉神経痛の女性と転移性脳腫瘍の男性2人だ。

ガンマナイフによる治療は、①頭部を固定するフレームの装着②CTやMRIなどの画像撮影③治療計画を立てる④照射――という4つの段階を行う。

最初に処置室で四角い金属製のフレームを頭に装着する。フレームには目盛りがついていて、CTやMRIの画像上で位置決めをし、治療計画を立てる指標にする。同時に、照射時に頭部を固定する器具にもなる。

実は、ガンマナイフ治療で、患者さんが少し痛みを感じるのはこの時だけ。額と後頭部の4カ所をピンで止めてフレームを固定する。皮下に局所麻酔薬を注入すると、歯科治療の麻酔薬のような痛みがあるくらいで、ピン固定の痛みはほぼ感じない。

患者さんが少し顔をしかめると、看護師が手を握って「頑張って、あと少しよ」と励ました。15分ほどでフレームの装着は終了。患者さんは車椅子に乗り、画像撮影に向かった。ここからが林さんたち医師の真剣勝負だ。

CT=コンピュータ断層撮影 金属製のフレーム=ガンマナイフ治療で装着する金属製のフレームは、700gほどのアルミ合金でできている
MRI=核磁気共鳴画像法

治療計画が成否の要

治療計画を立てる林さん。この過程が、ガンマナイフの治療の成否を決める

隣室でコンピュータに向き合った林さんの表情が一層引き締まった。前回撮影したCT画像と今日フレームを装着して撮った画像をコンピュータ上で重ね合わせ、治療計画を立てるのだ。

ガンマナイフは、ほぼ半円球状に配置されたコバルトより放出されたガンマ線が192個の絞り(コリメータ)から出て1カ所に収束し、病変に対してのみ高線量の照射を行う。太陽光線を虫眼鏡で集め、紙を焦がすのと同じ原理だ。1本1本のエネルギーは非常に弱いため、深部の脳腫瘍でも周囲の組織を損傷せずに治療できる。逆に、少しでも照射位置がずれると、効果がないだけではなく、健康な脳神経を破壊する危険もある。治療計画の重要性はそこにある。

三叉神経痛の場合は、高線量のガンマ線を照射して、特有の激しい痛みのみを止める。直径わずか3.2mm、脳幹部の近くを走る三叉神経を狙い撃ちするのは、「ガンマナイフが本領を発揮するケース」と林さんは語る。

肺がんから脳転移を起こした男性は、左の前頭葉と側頭葉に直径1cmほどの腫瘍があった。

林さんは「腫瘍周囲にむくみがあるが、がんはほとんど被膜の外に浸み出していない」と分析。ただし、「転移性でもわずかに浸潤していることが多く、そこから2割の人が再発するので、周囲に1~2mmのマージンをとって照射する」そうだ。

ガンマナイフの照射範囲は、絞りの大きさによって、4mm、8mm、16mmの3種類がある。4mmの絞りでは、直径4mm(80%領域)の球状に放射線のビームが収束する。これを脳腫瘍の形に合わせるのが照射計画だ。

通常の放射線治療では、毎日少量ずつ放射線を照射するが、ガンマナイフは一発勝負。腫瘍の大きさにより、腫瘍全体へ最低16~24グレイほどのガンマ線を照射する。ガンマナイフは通常の放射線の3倍の影響効果があるというから、かなりの高線量を1度にかけることになる。

浸潤=がん細胞が周辺の細胞にしみこむように広がっていくこと マージン=安全域

患者さんは「治療中に痛みなし」

3番目の患者さんは、肺がんと転移性脳腫瘍が同時に見つかった。その時点で「脳腫瘍が大きく、むくみがあったので外科手術で主要な腫瘍を切除して減圧し、残った腫瘍をガンマナイフで叩く」ことになった。

ガンマナイフの1番の合併症はむくみ(脳浮腫)だ。むくみがあると、2割の人は症状が悪化するという。今回は手術後に残った10mmの腫瘍をターゲットに治療計画が立てられた。

治療計画が立つと、最初の患者さんから照射が始まった。照射時間は、三叉神経痛で30分ほど。転移性脳腫瘍の場合は1時間ほど。患者さんはガンマナイフの中で静かに横になっているだけで治療が終わる。

林さんは機器の進歩により患者さんの負担が減ったと話す。

「以前は、患者さんに201個の絞りがついたヘルメットに頭部を固定し照射をしていたのですが、今のパーフェクションという最新照射装置には絞りシステム(セクター)が内臓されています。治療計画どおりにコンピュータが絞りの大きさを変え、別の部位の腫瘍にも位置を自動的に合わせて照射をしてくれるので、患者さんもいちいち動く必要がなくなりました。おかげで、より正確に、短時間で治療ができるようになりました」

治療を受けたばかりの患者さんも「治療中は全く痛みがなく、流れていた音楽で癒やされました」と話してくれた。

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