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ペプチドワクチンを用いた臨床試験

遺伝子変異由来の抗原を標的にした 新規のがんワクチン療法

監修●笹田哲朗 神奈川県立がんセンター臨床研究所がんワクチンセンター長/がん免疫療法研究開発学部部長
取材・文●柄川明彦
発行:2015年6月
更新:2015年6月

  

「遺伝子変異由来のがん抗原を見つけ、ワクチンとして治療に応用していくことを考えています」と語る笹田哲朗さん

従来のがんワクチン療法で使われていたのは、ほとんどが遺伝子変異のない自己抗原だった。そのため免疫原性が低く、十分な治療効果が得られなかったと考えられている。そこで期待されるのが、遺伝子変異由来のがん抗原だ。肺がん治療に使われるEGFR-TKI(上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬)に耐性となった患者さんの6割に、ある遺伝子変異が起きている。これを抗原としたワクチン療法の研究が進行中だという。

安価で汎用性の高いワクチン療法に期待

神奈川県立がんセンターには、昨年(2014年)4月に開設された「がんワクチンセンター」がある。同年11月からセンター長を務める笹田哲朗さんによれば、名称はワクチンセンターとなっているが、がんの免疫療法全般を対象とした部門だという。

「ワクチンという言葉のほうが一般には馴染みがあるから、ということで付けられた名称のようです。昨年まで所属していた久留米大学もがんワクチンセンターでしたし、その前にいた米ハーバード大学もキャンサーワクチンセンターでしたね」

センターとしてはがんの免疫療法全体を扱うが、笹田さんはワクチン療法に期待を寄せている。汎用性の高い治療だから、というのがその理由である。

「がんの免疫療法には、いろいろな種類の治療法があります。例えば免疫細胞療法は、生きた細胞を扱うため、特殊な設備と特殊な技術が必要で、どうしても高額な治療となってしまいます。今後、ますますがんの患者さんが増える日本の医療経済を考えれば、必要となるのは高額ではなく、汎用性の高い治療だと思います。タンパク質やペプチドを注射するワクチン療法は、安価で、どこでも受けられます」

だが、これまで行われてきたがんワクチン療法は、残念ながら大きな成果にはつながっていない。どこに問題があったのだろうか。

遺伝子変異のない抗原では 免疫を働かせる力が弱い

従来のがんワクチン療法の問題点について、笹田さんは次のように指摘する。

「ワクチンとして何を打つかが問題で、今まで使ってきたものは、がんワクチンとして十分ではなかったと考えるべきでしょう。ワクチン療法は20年ほど前から行われていますが、がん細胞にたくさん現れている抗原を見つけ、ワクチンとして投与してきました。それで十分な治療成績をあげられなかったのですから、打っている抗原に問題があったと考えるべきでしょう」

これまで使われてきたがん抗原は、ほとんどが自己抗原といって、もともと体内にあるものだった。これをワクチンとして使ってきた。ところが、免疫は自分の体に対しては働かないようになっている。体内に入ってきた異物を排除するシステムなので、異物とみなせば攻撃するが、体の一部とみなせば攻撃の対象とならないのだ。

「これまでワクチンに使われていた抗原は、がん細胞が持っているものですが、正常細胞も持っているものでした。そのため、攻撃対象の目印となっていなかった可能性があります。そこで、現在研究を進めているのは、遺伝子変異を抗原とするワクチン療法です(図1)。

図1 理想的ながん抗原とは?

がんは遺伝子変異でできたものなので、その遺伝子変異を標的にします。もともと体内にはないものが突然変異でできたので、がん細胞には存在し、正常細胞には存在しません。そのため、遺伝子変異は免疫細胞に異物と認識されますし、免疫反応を誘導する免疫原性が非常に高いことがわかっています」

笹田さんは、遺伝子変異由来の抗原を使用するワクチン療法の研究に、5年ほど前から取り組んできた。遺伝子変異に注目した研究は、世界中で行われているという。

最近は免疫チェックポイント阻害薬が注目されているが、抗CTLA-4抗体の効果と、遺伝子変異の数との関係を調べたデータが報告されている。よく効いた症例では遺伝子変異が多く、遺伝子変異数が多い群と少ない群の比較では、多い群の治療成績がよかったという結果が出ているそうだ。

「このような研究からも、がん免疫に関して最も有効な標的は遺伝子変異ではないかと考えられます。そこで、遺伝子変異由来のがん抗原を見つけ、ワクチンとして治療に応用していくことを考えています」

CTLA-4=T細胞の表面に発現し、T細胞の活性を抑制することで自己免疫機能を抑える分子
抗CTLA-4抗体=T細胞の増殖抑制を起こすシグナル伝達分子CTLA-4を抑え込み、T細胞を増殖させて細胞性免疫反応を促進する

イレッサの耐性にワクチン療法が効くか

遺伝子変異由来の抗原による治療として研究が進められているのは、肺がんの治療に使われているイレッサやタルセバなど、EGFR-TKIに対して耐性ができた患者さんの治療である。この薬は非常によく効くが、ほとんどが1~2年で耐性ができ、効かなくなってしまう。

「耐性となった患者さんの約60%に、T790Mという遺伝子変異が起きています。それができるために、EGFR-TKIが効かなくなってしまうのです。現在のところ、耐性に対する有効な治療法はありません。そこで、この遺伝子変異由来の抗原を見つけ、そのペプチドワクチンの国内特許と国際特許を申請しました」

イレッサやタルセバで治療していて、それが効かなくなってしまった人の中には、T790Mという遺伝子変異が原因になっている人がいる。その人たちに対し、このワクチンを使って治療すれば、免疫細胞が活性化し、がんをコントロールできるようになる可能性があるのだ(図2)

図2 T790M変異由来ペプチドワクチン療法の期待される臨床効果

この治療法に関しては、今後、臨床試験に進む可能性がある。イレッサやタルセバの耐性に悩む人は多いだけに、この研究には期待が寄せられている。

イレッサ=一般名ゲフィチニブ タルセバ=一般名エルロチニブ

神奈川県立がんセンターで実施されている臨床試験

現在、神奈川県立がんセンターのがんワクチンセンターでは、いくつかの臨床試験が進められている。その中で主なものは、次の2つである。

●進行膵がんのペプチドワクチン療法

この臨床試験の対象となるのは、進行膵がんの患者さんで、抗がん薬治療が効かなかったり、副作用のために続けられなかったりする患者さんである。サバイビン(SVN-2B)というペプチドワクチンが使われる。このペプチドは、がん細胞に多く発現しているが、がんの幹細胞にも発現していることで注目されている。

3群に割り付けて、ランダム化比較試験が行われる。第1群は、サバイビンとインターフェロン(IFN)を併用する群。免疫を高めるためにインターフェロンを併用する。第2群はサバイビン単独群。第3群はプラセボ(偽薬)群である。治療を行って無効となったとき、患者さんが希望されれば、その後、サバイビンとインターフェロンを併用した治療が行われる。

この臨床試験は、札幌医科大学附属病院、東京大学医科学研究所と共同で行われている。

●再燃前立腺がんのテーラーメイドがんペプチドワクチン療法

手術やホルモン療法の後、再燃した前立腺がんの患者さんは、抗がん薬のドセタキセルによる治療を受けることになる。しかし、高齢で何か問題があったりして、ドセタキセル治療が受けられない人がいる。この臨床試験の対象となるのは、このような人たちである。(図3)

図3 再燃前立腺がんに対するテーラーメイドがんペプチドワクチン療法

テーラーメイドがんペプチドワクチン療法は、久留米大学で開発された新しいワクチン療法だ。がんに合わせてペプチドを選ぶのではなく、患者さんの免疫細胞の状態を調べ、それぞれの患者さんに適したペプチドワクチンを投与する。30種類ほどのペプチドワクチンが用意されていて、その中から4種類を選んで打つ。

患者さん1人ひとりに合わせ、最適のワクチンを提供することで、効果的に免疫細胞を活性化できるだろうという考えで、研究が進められている。

この臨床試験は、久留米大学を中心とし、全国8つの施設で行われている。また、このワクチン療法は、厚生労働省により先進医療Bと認定されている。ワクチン療法とそれに関連した検査などは患者さんの全額負担となるが、それ以外の費用には健康保険が適用される。

サバイビン=がんペプチドワクチン ドセタキセル=商品名タキソテール

免疫チェックポイント阻害薬や重粒子線治療との併用も

現在、がんの免疫療法には大きな期待が寄せられている。これから免疫療法はどのように進んでいくのだろうか。

「免疫療法が注目を集めているのは、免疫チェックポイント阻害薬が優れた治療成績をあげたためです。治療法のなかった患者さんの2~3割に効くというのは、確かにすごいことです。しかし、まだ7~8割の患者さんには効いていないのです。効かない人の中には、免疫が弱ってしまって、働いていない場合もあるでしょう。そういう人には、ワクチン療法を併用し、免疫を元気にしてやれば、効果が高まる可能性があります」

免疫チェックポイント阻害薬とワクチン療法の併用には、副作用の面からも期待がかけられる、と笹田さんは指摘する。

「がんのみならず自己抗原を含むいろいろな標的に反応する免疫細胞のブレーキを解除するのが、免疫チェックポイント阻害薬の作用です。そのため自己免疫疾患などの副作用が問題になってきます。ワクチン療法を併用してがんに特異的な免疫細胞を元気にすれば、免疫チェックポイント阻害薬の量や回数を減らすなど、ブレーキ解除を弱めることもできるでしょう。つまり、ワクチン療法と併用することで、副作用をより少なくし、効果を高められる可能性があります」

がんワクチン療法は、放射線治療や重粒子線治療との併用も期待されている。

「放射線や重粒子線はがん細胞に傷をつけるので、免疫原性が高まることで、免疫反応が強く誘導される可能性があります」

ワクチン療法と免疫チェックポイント阻害薬の併用も、ワクチン療法と放射線治療の併用も、世界中でいろいろな臨床試験が行われているという。数年のうちには結果が出て、実用化するものもありそうである。

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