余命半年の状況から長期生存中
化学療法の効きにくい卵巣がんに対する樹状細胞ワクチン療法の有効症例


発行:2012年2月
更新:2013年4月

  

左から神垣隆さん、竹田省さん、後藤重則さん

左から神垣隆さん、竹田省さん、後藤重則さん

〔出席者〕
竹田 省
 順天堂大学医学部産婦人科学講座教授
後藤重則
 瀬田クリニック東京院長
神垣 隆(司会)
 瀬田クリニックグループ臨床研究センター長/
 神戸大学大学院医学部非常勤講師

がんの先進治療として注目されている「免疫細胞治療」。その最前線をこれからがん種ごとに取り上げて報告していきます。第1回目は、卵巣がんに対する樹状細胞ワクチン療法です。3人の専門医に話し合っていただきました。

化学療法の効きにくいがんが多い

神垣 今回は、免疫細胞治療を実施した卵巣がん患者さんの1例を取り上げ、その効果や可能性を検証してみたいと思います。その前にまず竹田さんから、卵巣がんの現状を簡単にご説明いただけますか。

竹田 卵巣がんは早期発見が難しく、見つかった時点でステージ3~4期という方が7割にものぼります。治療は手術でできるだけ病巣を取り除き、残ったがんに対して化学療法を行うケースが多くなります。ただ、同じ卵巣がんでも組織型によって化学療法の効果が異なります。とくに日本人の患者さんは、化学療法の効きにくい明細胞腺がんや粘液性腺がんが多く、手術で取り残した場合、その後の対応に苦慮しているのが実情です。

化学療法が奏効せず、肺転移

■症例(53歳・女性・卵巣がん/明細胞がん3c期)

【2007年】2月、卵巣がんと診断。手術後、転移巣発見。3月、瀬田クリニック初来院。4月、転移巣の再手術の際にがん組織を同院で冷凍保存。その後、TC療法等を実施。【2009年】2月、副作用が強く、転移も見られ上記治療中止。6月、樹状細胞ワクチン療法実施(画像1)。【2010年】2月、CT検査により転移巣病巣は不変の所見(画像2)。その後無治療で経過観察。2011年12月現在までお元気に普通の生活を送られている。

画像1:2009年6月
樹状細胞ワクチン療法単独治療開始時
画像1:2009年6月
画像2:2010年2月
樹状細胞ワクチン療法実施より8カ月経過時
画像2:2010年2月

転移病巣部のサイズにほぼ変化なし

神垣 日本人には化学療法の効きにくいがんが多いというお話でしたが、これからご紹介いただくのは、その明細胞腺がんの患者さんですね。

後藤 はい。53歳の卵巣がんで明細胞腺がん3c期の方です。当院を受診したのは、手術で原発巣を切除した後です。ただ、リンパ節転移があり、他院での2回目の手術が予定されていましたので、その際、切除組織を無償でお預かりし、冷凍保存しました。これが後々、役に立つことになります。

そこで治療ですが、まず化学療法とαβT細胞療法を行い、腫瘍を小さくしてから、免疫細胞治療の1つである「樹状細胞ワクチン療法」を試みる戦略を立てました。ところが、化学療法の副作用が強く、肺への転移も生じたため、治療をいったん中止しました。

神垣 竹田さんは、この症例をどうごらんになりますか。

竹田 明細胞腺がんで3c期、リンパ節転移もある。しかも化学療法が奏効せず、肺転移も見られますから、この時点で余命半年ぐらい。かなり厳しい状況です。

神垣 このタイミングで樹状細胞ワクチン療法を行ったわけですね。

後藤 はい。樹状細胞ワクチン療法は、がん攻撃の司令官役である樹状細胞に自らのがん抗原(がんの目印)を取り込ませ、それを注射する方法です。体内に入った樹状細胞は実際の攻撃部隊であるT細胞にがんの目印を伝え、目印を覚えたT細胞(CTL)はがん細胞を狙い撃ちできるようになります。ただ、この治療が有効なのは、がん細胞上にMHCクラスⅠという分子(CTLの攻撃目標)が発現しているケースだけです。

神垣 学会などの発表によると、患者さんによってはがん細胞にMHCクラスⅠが発現していないケース、つまり樹状細胞ワクチン療法の効果が望めない症例もかなりあるようですね。

個別化治療としての樹状細胞ワクチン療法が効果を発揮

後藤 がん細胞は人の顔と同じで千差万別ですから、1人ひとりにどの治療法が有効か調べて治療を行うという「個別化治療」の考え方が重要です。折角の樹状細胞ワクチン療法も"空振り"になっては意味がありません。そこで、がん細胞を免疫組織化学染色検査という方法で調べたところ、MHCクラスⅠが強く発現していることが分かりました。この治療の効果を期待し、他の治療をせずに単独で6回実施しましたが、3カ月の治療終了後も、長期にわたり転移巣の大きさは変化せず、化学療法を止めてからは2年半、発症から数えると約5年経過した現在でも元気に暮らしておられます。

竹田 樹状細胞ワクチン療法が終了しても、進行が抑えられているのは、免疫系ががんの情報を記憶しているからですか。

後藤 樹状細胞ワクチン療法のような特異的治療の場合はそのように考えることもできます。

神垣 このケースは、やはり事前に自身のがん細胞をお預かりできたことが大きいですね。

後藤 人工的に作り出したがん抗原を樹状細胞に取り込ませる方法もあり、状況に応じて当院でも実施していますが、できれば、自らのがん細胞という最高の標的情報を樹状細胞に取り込ませるほうが治療の確度もあがります。また、樹状細胞に電気刺激を与えてがん抗原を大量に取り込ませる方法(エレクトロポレーション法)を用いると、更に攻撃効率があがります。

神垣 がん組織は無償でお預かりすることができるので、手術の予定がある場合は、事前に相談していただきたいですね。さて、予後の悪い明細胞腺がんに対し、樹状細胞ワクチン療法が有効だった1例ですが、最後に竹田さんのご見解をお聞かせ下さい。

竹田 卵巣がんの中でも明細胞腺がんは、化学療法が効きにくいケースが多く、そうなると、既存の治療法では手も足も出ないというのが実情です。しかし後藤さんのお話から、樹状細胞ワクチン療法はそのカベを乗り越える可能性があることがわかりました。こうした症例を集積し、どのようなメカニズムで効いているかを立証していただきたいですね。

神垣 ありがとうございました。



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