抗がん剤や放射線が無効の卵巣がんや子宮がんで、がんの増殖が長期間止まった
婦人科がんでも有望視されるWT1ワクチン療法
大阪府立成人病センター
婦人科診療主任の
宮武崇さん
さまざまながん免疫療法が登場する中、がんワクチン療法は2010年5月、「高度医療」に認定された。
国が一定の有効性を評価したわけで、がんの新たな治療法として期待されている証しといえる。
現時点で最も有望ながんワクチン療法といわれる「WT1ワクチン療法」では、婦人科がんでも着実な成果が出始めている。
免疫を利用してがんを攻撃させる
人体には、ウイルスや細菌などの異物を体から排除し、健康を守ろうとする「免疫」というシステムが自然に備わっている。免疫を利用し、弱毒化した病原体など(抗原)を体内に注入して、それらを攻撃する物質(抗体)を体内に作り出し、病気を予防できるように考えられたのがワクチンである。がんの治療においても、がんを標的としたワクチンによって、がんへの攻撃力を高める治療法が試みられている。これがいわゆる「がんワクチン療法」だ。
免疫の中心を担うのは白血球の1種であるリンパ球だが、その中には、最終的にがんを攻撃するキラーT細胞(細胞傷害性Tリンパ球)がある。キラーT細胞が、正確にがん細胞を見つけることができるのは、細胞膜に「HLA分子」と呼ばれるタンパク質があるからだ。HLA分子のみぞに、がん抗原タンパク質(後述)の一部(多くは9つのアミノ酸からなるペプチド)が結合し、細胞の表面に提示され、キラーT細胞にその存在を知らせる。つまり、HLA分子は、体内環境を示す標識のような役割を担っているのである。
HLA分子は、個人差がきわめて大きいことから、HLA分子の型によって、結合するペプチドの種類も違ってくるのである。
成果をあげているWT1ワクチン療法
がん細胞は異物とはいえ、元を正せば自分の体の細胞であるから、免疫が異物として認識しづらいという難点がある。さらに、がんの分泌するさまざまな物質によって免疫が抑えられてしまうといった問題が多かった。そのため、これまでワクチンによるがん治療は、なかなか進展してこなかった。しかし、その中でも、「WT1」と呼ばれるタンパク質をワクチンとして利用する治療は現在、唯一といってもいい成果をあげている。WT1の働きに世界で初めて着目し、その研究を進めてきたのが、大阪大学医学部教授の杉山治夫さんを中心とするグループである。
そもそも、がん細胞は遺伝子の欠陥によってどんどん増殖し、他の臓器へも浸潤して体の機能を障害するが、その際、細胞の分裂や増殖に必要なタンパク質が、正常細胞の何十倍~何百倍も大量に発現されることが多い。こうしたタンパク質を「がん抗原タンパク質」と呼び、WT1もその1つである。
大阪大学で「なぜがんが発生するか」という研究をしていた際、それまではがん抑制遺伝子といわれていたWT1遺伝子が、逆にWT1を作り出すことによって、さまざまな種類のがん細胞の発生に関与していることが明らかになった。これをヒントに、WT1を目印に攻撃するようにすれば、正常細胞は避けて、がん細胞や白血病細胞だけを狙い打ちにできる新たな治療法が開発できるのではないかという発想から研究が始まった。
「WT1は、449個あるアミノ酸からなるタンパク質ですが、そのうち、9個のアミノ酸からなるペプチドが、がん細胞の表面にあるHLA分子と結合して存在することがわかりました。これを利用して免疫を活性化させれば、がん細胞を撃退できるだろうと考えたわけです」
今春まで大阪大学でWT1ワクチン療法の研究に携わっていた大阪府立成人病センター婦人科診療主任の宮武崇さんは、こう解説する。
具体的には、WT1ペプチドを体内に投与すると、刺激されたリンパ球は数が増えるとともに働きが強まり、それらが血液によって運ばれてがん細胞に近づく。そして、がん細胞の表面にあるWT1を発見し、がん細胞を攻撃する。一方、正常細胞であれば、その表面にはWT1がないか、少ないため、攻撃することはない(WT1を発現している正常細胞も攻撃されないが、その詳細なメカニズムは不明)。WT1の治療で、化学療法や放射線療法と違ってほとんど副作用が出ないのは、こうした理由からである。WT1ペプチドと結合することがわかっているHLA分子は、HLA-A2402、A0201、A0206と呼ばれる型であり、日本人の約6割にHLA-A2402、約2割にA0201がある。
「さらに、WT1は、血液がんを含む、ほぼ全てのがんに用いることができます。私の担当しているのは婦人科で、乳がんや子宮頸がんにもWT1ワクチン療法は効果が期待できると考えました。これまで、手術・放射線・抗がん剤の治療がどれも効果が無く、WT1ペプチドがHLA-A2402に適応した患者さんに、阪大時代は2人、こちらに移ってからは1人にWT1ワクチン療法を紹介しました」
通院で治療を受けられる
これまで、がん免疫療法の成果がなかなか上がらなかった最大の理由は、抗がん作用を高くすることが難しかったからである。抗がん作用を期待するには、「このがん抗原ならば、患者さんのがんに対する免疫を活性化する」ということが正確にわからなければならない。その点、WT1は、多くの種類のがんや血液の悪性腫瘍において、がん抗原となっていることがわかっており、強い抗腫瘍免疫反応の誘導が期待できるのである。
また、WT1による治療は、1週間に1回皮膚に注射をするだけですむ点も利点といえよう。しかも、6カ所ほどに分散して打つことから、注射後に出る発赤や腫脹(発赤の強さは個人差がある)が、それほど目立たない。さらに、治療中は必ずしも入院しなくてもよく、通院で治療を受けることも可能である。
大阪大学では、2000年12月から2002年12月にかけて同医学部付属病院で、白血病、乳がん、肺がんの患者さんに対してWT1を投与する第1相臨床試験を行った。そして、多くの患者さんに対して安全に投与できて、さらに抗がん効果も期待できることが明らかになった。そのため、2004年2月より、その他のがんに対しても、より抗がん効果が高いと考えられる投与方法で行う第1相・第2相臨床試験を開始している。
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