進行がん患者さんに希望を与える東大医科研版がんペプチドワクチン療法

監修:中村祐輔 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長
取材・文:黒田達明
発行:2010年3月
更新:2013年4月

  
中村祐輔さん
東京大学医科学研究所
ヒトゲノム解析センター長の
中村祐輔さん

人間の体にはもともとがん細胞を攻撃する免疫細胞である細胞傷害性T細胞(CTL)がある。しかし、増殖したがんを殺すには量が少なすぎる。それを大量に増やし、がんを攻撃するために開発されたのが、がんペプチドワクチンだ。これが今、膵がん、食道がん、大腸がんなど、13種類に及ぶがんで臨床研究・臨床試験が行われている。


培養した食道がんの細胞の映像を見せてもらった。画面の中をたくさんのボールのようなものが浮遊している。やがて、数個の小さな黒い粒がボールの表面にくっつく。すると見えていたボールがフッとかすんだ。

「黒い粒は細胞傷害性Tリンパ球(CTL)という免疫細胞で、がん細胞を攻撃して破裂させたのです」と東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔さん。CTLががん細胞を殺せることを示す直接的な証拠だ。09年に中村さんのワクチンを利用した和歌山医科大学の山上裕機教授グループが撮影に成功した。

人間の体にもともと備わっている免疫機構であるCTLを利用して、がんを治療できるのではないか。そうした発想から、がん細胞を攻撃するCTLを選択的に活性化させるペプチドワクチンの開発が研究されてきた。

「がんワクチン、免疫療法と一括りにすると、信頼性の乏しいものも含まれるため、怪しげに思われたりもするのですが、がんペプチドワクチンの作用機序(効き方の仕組み)は科学的に実証されつつあります」

食道がんの細胞の映像
ペプチドワクチン治療により、増殖した細胞傷害性Tリンパ球(CTL)が食道がん細胞株を攻撃している様子
(撮影:和歌山医科大学 山上裕機・岩橋誠)

がん細胞だけを攻撃する免疫細胞を増殖させる

[体の中の異物を認識するしくみ]
図:体の中の異物を認識するしくみ

異物かどうかの識別はCTLの表面にある受容体で行う。CTLはその受容体とうまく結合できる部分をもつ異物だけを攻撃する

CTLは通常はウイルスなどの侵入から私たちの体を守ってくれる細胞だ。自分の身体の細胞と異物を識別して、異物を攻撃するのだ。遭遇した相手が異物かどうかの識別はCTLの表面にある受容体で行う。受容体の形はCTLによって異なり、各CTLはその受容体とうまく結合できる部分(抗原)をもった異物だけを攻撃する。がん化した細胞も異物と識別される。あるCTLが攻撃相手を発見すると、その異物に対応する種類のCTLが増殖して、体を守る。

「ペプチドワクチンがこれまでの免疫療法などに比べて優れているのは、漫然と免疫力を高めるというのではなく、非常に特異的にがん細胞を狙い打ちするCTLだけを増殖させるからです」

では、なぜワクチンを打たなければCTLはがんをやっつけてくれないのか。

「量の問題です。人間の体の細胞数は60兆個。一方、末梢リンパ球のうち1パーセントががんを攻撃する型のCTLになったとしても、その数は1000万個ですから、がんが大きくなって、例えば腫瘍径1センチなら細胞数で5億個、10センチまで成長してしまったら5000億個です。こうなると、5万人のヤクザに1人の警官が立ち向かうようなもので、歯が立ちません」。この量の差を克服するのがワクチンの働きなのだ。

患者のHLA型ごとのワクチン開発が必要

細胞の表面にはHLAという分子があり、その上にはタンパク質の断片(ペプチドという)が乗っている。ペプチドは細胞内で作られたタンパク質に由来する。このHLAとペプチドのセットが、CTLが異物識別に使う前述の抗原となる。

そこで、ワクチン接種によって、がん細胞表面にあるのと同じペプチドを体内にたくさん導入して、がん細胞を攻撃するCTLを大量に増殖させる。

このとき、がん細胞のみで作られるタンパク質に由来するペプチドを選べば、攻撃対象をがん細胞に絞ることができる。正常細胞に作用しないなら、副作用はほとんど起こらないはずだ。

さらに、由来となるタンパク質は、がんの増殖に不可欠であることが望ましい。がんが増殖する限りそのタンパク質が細胞内で作られるからだ。

そのようなタンパク質を見つけることがワクチン開発の第1段階で、第2段階は、それを切り刻んでできるペプチド選びだ。タンパク質を断片化してできるペプチドの候補は無数にある。絞り込む条件はHLAにうまく乗るペプチドであることだ。

[がん特異的タンパクからペプチドをみつける]
図:がん特異的タンパクからペプチドをみつける

樹状細胞にペプチドを与えることで、そのペプチドとHLAのセットを抗原とするようなCTLを増殖させることができる

HLAは“白血球の血液型”とも言われ、人によって型が異なる。HLAの型が異なれば、その上に乗るペプチドも違ってくる。やっかいなことに、赤血球の血液型ABO型が4種類しかないのに対して、HLAの型は何万種類もある。

しかし、ワクチン開発者にとっても多くの患者さんにとっても幸いなことに、日本人の遺伝的な背景は似通っている。A24型とA02型の2つの型で日本人全体の7~8割を占めているのだ。日本のほとんどの臨床研究やワクチン開発はこの2つの型に絞って進められている。

HLAとよく結合するペプチドがよいワクチンになる。ワクチンは免疫賦活剤()と混ぜて皮下注射する。ペプチドは皮膚組織にある樹状細胞()の表面にあるHLAにくっつく。この細胞は免疫細胞の1種で、HLAに乗せたペプチドをCTLに示すことで、異物の侵入を知らせる役割を果たす。だから、樹状細胞にペプチドを与えることで、そのペプチドとHLAのセットを抗原とするようなCTLを増殖させることができるのだ。

免疫賦活剤=免疫力を高めるために使用される薬剤。クレスチン(一般名)など
樹状細胞=皮膚や血液中などに存在する免疫細胞。がん細胞などの本来体に存在しないものを取り込み、リンパ組織に入った樹状細胞は、免疫をつかさどるT細胞などにその異物を攻撃するように指令を出す

写真:組織からがん細胞だけを取り出し、そこから遺伝子を調べる

組織からがん細胞だけを取り出し、そこから遺伝子を調べる(治療に適応かどうかを調べる)。パソコンの画面上でがん細胞の部分に印をつけ、レーザーで焼いてがん細胞のみを切り取る


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