ほとんどのがんに高発現のWT1ペプチドを用いた新たながん攻略法
WT1ワクチンの注目すべき最新臨床効果と今後の課題
大阪大学大学院
医学系研究科教授の
杉山治夫さん
WT1ペプチドを用いた新しい免疫療法は、現在第1/2相臨床試験に入り、より有効な投与方法の模索とその安全性が追究されている。今のところ重篤な副作用もみられず、患者さんによっては著明な効果が認められているという。そこで本稿では、WT1ペプチドとは何か、そしてこれを用いたがんワクチン療法の特色について紹介する。
がん抗原―WT1の発見ワクチン療法へ
(日本人の約60%、欧米人の約20%)
・CMTWNQMNL(天然型)
・CYTWNQMNL(改変型)
(現在進行中の第2相臨床研究で使用)
HLA-A0201タイプのがん患者
(日本人の約20%、欧米人の約60%)
・RMFPNAPYL(欧米での臨床研究で使用されている)
・SLGEQQYSV
がん抗原ワクチン療法は、がん抗原と呼ばれるがん細胞にある特有の目印を投与し、これを標的にした細胞障害性T細胞(キラーT細胞)ががん細胞だけを攻撃する、という仕組みである。がん抗原によって免疫細胞のキラーT細胞が刺激されて増え、その働きが高まることを利用したものだ。
そこで重要なのが、患者の免疫系を刺激するためにどんながん抗原を使うか、である。
これまでさまざまながん抗原で試されてきたが、なかでも有望なのは大阪大学大学院医学系研究科教授の杉山治夫さんらのグループが研究をすすめる「WT1」をがん抗原とするものだ。
がん細胞には、WT1という特有のタンパクが多く含まれている。このWT1タンパクの一部が、9個のアミノ酸からなる「WT1ペプチド」という断片のかたちで、がん細胞の表面にあるHLA分子と結合して出てくる。これががん細胞としての目印、がん抗原となる。
HLAとは白血球の型のことで、日本人は約60パーセントがA-2402、約20パーセントがA-0201というタイプ。実はこのタイプの違いで適合するペプチドが違う。杉山さんらはそれぞれにあうペプチドを見つけだし、人工合成することに成功した。
さらに杉山さんのグループは、WT1が白血病や肺がん、乳がん、大腸がんなどの消化器がん、脳腫瘍、子宮体・頸がん、小児の神経芽腫など多くの固形がんで現れることを突き止めている。つまり、WT1は白血病とほとんどの固形がんで高発現するがん抗原である、ということだ。
こういった研究結果に基づき、がん細胞にだけ現れるWT1を目印にして、免疫細胞がこのペプチドを標的に集中攻撃をかけることでがん細胞を叩く「WT1ペプチドがんワクチン」の開発に着手。WT1ペプチドをワクチンとして皮内注射する臨床試験が大阪大学医学部付属病院で開始された。
現在進行中の臨床試験の症例は200を超え、がんの増殖が停止したり、退縮がみられるなど効果が現れているものもある。
重篤な副作用は見られず明らかな効果も
WT1ワクチンを上腕に接種した後の皮内反応
2000年から実施された、副作用の有無などの安全性を確かめるための第1相試験では、乳がんや肺がん、白血病、骨髄異形成症候群などで、さまざまな治療を施したものの効果がなく末期に至った26名の患者が対象であった。
WT1ペプチドをモンタナイドというごく弱いアジュバント(免疫増強剤)といっしょに2週間ごとに3回皮内注射する。投与量を0.3ミリグラム、1ミリグラム、3ミリグラムと順に増やしていき、副作用と効果を検証する。
結果、注射部位が少し腫れたり発赤が出る程度で、とくに重大な副作用はなく、効果が現れた患者もいた。
ある乳がんの患者はがん性腹膜炎による腸閉塞をおこし、余命1、2カ月といわれていた。ワクチン投与前は寝たきりだったが、2回投与後には歩けるようになった。まったく経口摂取できなかったのが、流動食を食べられるようになり、5回投与後は外泊、9回投与後に退院した。
また白血病や肺がんの患者でも、腫瘍マーカーの数値が下がったり、腫瘍の縮小がみられたという。
ワクチンの「効き過ぎ」が敗血症を併発した
ただ問題になったのは骨髄異形成症候群の患者である。ワクチン投与後、白血球が激減、敗血症を併発してしまったのだ。
造血機能が正常でない場合、WT1ワクチンを投与すると一気にキラーT細胞が増える。つまり、骨髄異形成症候群の患者ではワクチンの反応が過剰にあらわれるというわけだ。
そこで、杉山さんらは「少量のWT1ワクチンを投与することで弱い免疫反応を起こし、ゆるやかに白血病細胞を減少させ、正常細胞が作られるまでの時間を稼ぐ」という作戦をとる。1回あたり5マイクログラムというごく微量のワクチンを投与したところ、期待通り白血病細胞はゆっくりと減っていった。
杉山さんは「5マイクログラムでも反応がありました。15マイクログラムまで上げていって適切な量を決めるわけですが、至適用量は患者さん1人ひとりによって違う。5マイクログラムでも多い人もいれば、足りない人もいるでしょう。将来的にはそれぞれの患者さんに応じて、量や間隔を見極めながら投与していく必要があります」という。
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