人工抗原のMUC1を使った免疫療法は、HLAに関係なく、誰でも受けられる
進行膵がんのMUC1療法
の岡正朗さん
病期3の膵がんにCTL療法を実施
さまざまな免疫療法のうち、患者のリンパ球を体外に取り出して増殖・活性化し、再び体内に戻すのが活性化自己リンパ球療法である。体内ではがん細胞などに邪魔をされるため、体外の培養フラスコで力を蓄え、がん細胞への攻撃力を高めて闘いを挑む療法だ。
この活性化自己リンパ球療法の1つで、難治がんの膵がんの治療に取り組んでいるのが山口大学医学部。平成15年に膵がんの免疫療法が厚生労働省から高度先進医療として認可され、現在臨床応用を行っている。
消化器・腫瘍外科学教授の岡正朗さんはこう語る。
「進行膵がんは手術が成功しても予後が良くありません。そんな膵がんの患者さんにも、一定の効果を上げることができたと思います」
この高度先進医療を受けたのが都波功治さん(仮名)。都波さんに膵がんが見つかったのは4年ほど前。検査の結果、進行膵がん(病期3)だったが、遠隔転移や浸潤がなかったため、山口大学附属病院で膵臓の頭部を切除する膵頭十二指腸切除術を行うことになった。
普通ならここですぐに手術に入るが、都波さんは術前にインフォームド・コンセントを受け、免疫療法を行うことに。末梢血(手足を流れる血液)からリンパ球を取り出し、術後の治療に備えた。
手術は成功した。しかし、膵がんの怖さは、きれいに切除できても1年後の生存率が50パーセント程度しかないことだ。すぐに補助療法として免疫療法を開始し、手術から7日後に1回目、術後1カ月以内に2回目と3回目を投与した。この免疫療法の効果もあってか、経過は良好。退院の後、4年1カ月を経た現在も肝転移も局所再発もなく、以前と変わらない生活を送っている。
都波さんが受けた活性化自己リンパ球療法は、CTL(cyto toxic T lymphocytes=細胞傷害性Tリンパ球)療法という。リンパ球のT細胞(Tリンパ球)を増殖・活性化するわけだが、この免疫療法は、がんの特徴を覚え込ませて体内に戻す「特異的」療法に分類される。免疫療法は、「特異的」と「非特異的」療法に大別でき、特定のがんに的を絞って攻撃力を高めた細胞(CTL細胞)を誘導し治療を行うために「特異的」な免疫療法と呼ばれるわけだ。
自分の腫瘍を使わずに治療できるMUC1-CTL療法
さらにCTL療法は用いる抗原(がんの目印になるペプチド)によって2種類に分けられる。1つは自分の腫瘍から抽出した抗原を使って活性化させるCTL療法で、もう1つは人工合成した抗原を使ったCTL療法だ。「膵がんは、手術ができない患者さんが多いのが実情です。また患者さん自身の腫瘍を用いてCTLを誘導するのも大変なんです」(岡さん)
膵がんは、手術でがんを取りきることが完治の唯一の道。だが、膵がんの診断を受けた時点ですでに高度の局所転移や肝転移をしている例が半数近くを占めるのが現状である。
手術ができ、自分の腫瘍から抗原の抽出に成功すれば、未知のものも含めて多種の抗原が得られるため、人工抗原を用いるより効果は高いとされる。が、手術である程度まとまった腫瘍を摘出しなければならないうえ、抗原の抽出は必ず成功するとは限らない。しかも、手術後培養の時間がかかるため、患者の免疫力が低下する手術直後に投与できないなどのデメリットもある。
そこで、山口大学が注目したのがMUC1という分子だ。これは膵管や乳腺などの上皮から分泌される粘液の成分で、糖鎖という鎖のようなものとタンパクからなる巨大分子。このMUC1が、膵がんの表面に100パーセント存在することを免疫組織染色という方法で証明した。「正常な膵臓ではMUC1という抗原は、煙幕を張った状態で隠れているんです。それが55人の患者さんのがん化した細胞を調べた結果、膜上に必ずMUC1が現れたんです。浸潤や転移した肝臓でもMUC1が発現したため、膵がん細胞はMUC1で誘導されたCTL(MUC1-CTL)の標的になるということを証明できました」(岡さん)
しかも、MUC1-CTLは試験管内で培養できるがん細胞を用いて作ることができるので、患者自身の腫瘍から誘導する必要がなく、膵がん細胞だけを狙ってたたくことが可能なのだ。さらに人工抗原の多くは、限られた人にしか使えないが、MUC1はそうした制限を受けないということも判明した。
「つまり誰でも治療が受けられ、比較的簡単にCTLを誘導することができる画期的な方法なんです」(岡さん)
手術可能な膵臓がん患者の1年生存率が83%
MUC1を用いたCTL療法は、まず患者の末梢血からリンパ球を取り出すために「リンパ球分離回路」という機械で採血を行う。約1時間、30cc程度を採取したリンパ球と、山口大学が独自に樹立したヒト膵がん細胞株を抗がん剤で弱らせたものと3日間混合培養。さらにインターロイキン2という活性化物質を入れて刺激を与え、7日間培養してMUC1によってCTLを誘導する。これを静脈注射で患者の体内に戻す作業を数回行うというのが基本的な流れだ。この治療を前出の都波さんのような切除可能な膵がん患者20名に行うと、良好な成績を示すことができたという。
「膵がんは肝転移しやすいのですが、切除手術をした20人のうち肝転移したのはわずかに1人。その中の治癒切除例、つまり完全にがんを取りきれた18人の1年生存率は83.3パーセントになりました」(岡さん)
膵がんの治癒切除例における1年生存率は50パーセント程度であることを考えると、かなり高い生存率と言えるだろう。また2年生存率が32.4パーセント、3年と5年生存率が同じ19.4パーセントとある程度の延命効果があった。
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