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標準治療では治癒が難しい悪性脳腫瘍の治療に光明が ホウ素中性子捕捉療法「BNCT」の実用化が見えてきた

監修●中井 啓 筑波大学医学医療系放射線腫瘍科脳神経外科准教授
取材・文●伊波達也
(2019年4月)

「数年後には必ず実用化できるようにしたい」と語る中井啓さん

難治性である原発悪性脳腫瘍に対する、新たな治療の選択肢として期待されているホウ素中性子捕捉療法「BNCT」。手術や従来の放射線治療では対処しきれない症状に対して、わずか1回の照射で効果が期待できるとされる治療だ。

現在、京都大学を中心とするチームが脳腫瘍と頭頸部がんを対象に治験を実施中だ。今後は、原発悪性脳腫瘍に対する治療の実現を目指したいという筑波大学医学医療系放射線腫瘍科・脳神経外科准教授の中井啓さんに今後の展望を聞いた。

ホウ素中性子捕捉療法「BNCT」とは

脳腫瘍の中でも、悪性腫瘍の代表である神経膠腫(しんけいこうしゅ:グリオーマ)は難治性(なんちせい)であり、中でもグレード4の神経膠芽腫(しんけいこうがしゅ:グリオブラストーマ)は最も発生頻度と悪性度の高い腫瘍だ。

神経膠腫などの原発性脳腫瘍は、しみ込むように脳内・脊髄内に増殖していく特徴があり、正常細胞との境界がはっきりしないため、手術による摘出後の化学放射線療法での治癒は極めて難しい。

そんな中、放射線治療の1つとして、期待が寄せられ続けているのが、ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)という粒子線治療の1種だ。

BNCT療法とは、元素(ボロン10)に中性子を衝突(捕捉)させると核反応が起き、そのとき発生した高エネルギーの粒子を用いて、がん細胞を死滅させる治療法である。

事前にホウ素化合物を体内に投与しておき、エネルギーの低い中性子を体外から照射すると、がん細胞に取り込まれたホウ素と熱中性子の核反応で発生する強力なα(アルファ)線でがんを選択的に死滅させる治療法だ(図1)。

「ホウ素と熱中性子がぶつかったときに核分裂して生じるα線とリチウム核が、がん細胞の中で効果を出すのです。つまりがん細胞に取り込まれ、内部から破壊するのです。これは1936年と古くから提唱されていたメカニズム(作用機序)なのですが、きわめて大量の熱中性子がないと細胞を傷害するのには充分でなかったため、これまでは研究用原子炉の核反応が起こっている炉心のすぐ横に患者さんの患部をつけて照射する方法でないと、治療のための中性子が足りずに効果が出ないという非常に特殊な照射場による治療だったのです。しかし、近年、BNCT用加速器の登場により、医療施設での治療の選択肢として現実味を帯びてきました」

そう説明するのは、筑波大学医学医療系放射線腫瘍科准教授の中井啓さんだ。

中井さんは脳神経外科医としてリハビリテーションに携わりながら、BNCTの可能性を模索してきたが、今後、さらなるBNCTの臨床試験を推進しながら、治療の実用化を目指す目的で、同科に転籍してきた。

中井さんはこれまでにも、悪性脳腫瘍に対するBNCTの効果を検証する臨床研究に携わってきた。

難治である神経膠芽腫に対しては、2008年、初発神経膠芽腫15例に対してBNCTを実施し、平均観察期間19.6カ月での結果は、無増悪期間(TTP)が12.0カ月、生存期間中央値(MST)は25.7カ月だったという報告をしている(図2)。

その後の追跡により、15例のうち、後半に実施された8例では、細胞質に集積するホウ素薬剤であるBPAと細胞膜に集積するホウ素薬剤であるBSHを併用し、30Gy(グレイ)のX線の分割照射も加えて行われた。全生存期間は(OS)27.1カ月、無増悪生存期間(PFS)は11.9カ月、1年生存率は87.5%、2年生存率は62.5%と良好な成績だった。通常、神経膠芽腫の平均的な生命予後は12〜14カ月であるため、27.1カ月は生存期間がほぼ2倍になったということになる。

限定された条件の良い患者に限っているが、この試験の15例全体でも、無増悪生存期間は6〜12カ月、全生存期間は12〜27カ月と報告されている。

中井さんたちは、その後も、治療法の改良なども考慮しつつ、さまざまな研究について模索中だ。

「現在、悪性脳腫瘍については、手術とテモダールという抗がん薬による治療が標準治療として確立しています。試験当初の頃は、それ以前の症例も含まれていましたし、対象患者は、手術により取り切れ、局所制御できたと考えられる症例を選ぶなど、条件をかなり限定して行っていました。症例数も少ないためなかなか明確なエビデンス(科学的根拠)として声を大には言いにくかったのですが、良好な成績が出たことは確かですし、今後はさらに適正な試験デザインを考えて、臨床試験を行いエビデンスを確立することが大切だと考えています」

テモダール=一般名テモゾロミド

BNCT治療は1回の照射で治療が終る大きなメリット

BNCTの治療の流れは以下のようになる。患者が治療適応の条件を満たすことを確認し、治療が決定したら、治療に入る。

治療は、患者にホウ素化合物を点滴により投与しながら、腫瘍にホウ素が集まったタイミングで熱中性子線を照射する。そのことで、ホウ素をたくさん取り込んだがん細胞を叩き、ホウ素をほとんど取り込まない正常細胞はダメージを受けないという。中性子は飛距離が細胞1つ分程度のわずか約10μ(ミクロン)以下であるためだ。

BNCTを適応できるのは、体表から浅めの6cm程度のところにある12cm以下の腫瘍だ。

照射時間は約1時間と少し長めだが、1回の照射で治療が終了するのが大きなメリットだ。また、1度放射線治療を受けている人でも治療を受けられるという点もメリットだ。つまり治療後に再発して他の治療の選択肢が見込めない人に対しても再治療が可能になるわけだ。

「脳腫瘍の再発の場合、すでに初回の治療で60Gyという規定の照射が行われていると思いますが、そのような患者さんでも治療が可能です」

理論的には、がんが正常組織にしみ込むような脳腫瘍で、正常な脳組織をほとんど傷つけることなく、がん細胞のみを細胞レベルで選択的に破壊することがほぼ可能というわけだ。

「通常の放射線治療は、空間をきれいに切り取るような形でビームを作って照射します。近年ではコンピュータ制御などでそれをきっちり照射できる高精度放射線療法になってきています。一方、BNCTは空間的な細かい分布というよりは、代謝を利用して腫瘍が取り込んだアミノ酸とホウ素の化合物が中で傷害性を出すことを目論む治療です」

特殊な材料と特殊な放射線を使うため現時点では広く一般的に使うという状況には至っていないが、今後は放射線治療の選択肢の1つとして市民権を得ることのできる治療法だと中井さんは話す(画像3)。

25カ月後も、KPS(カルノフスキー・パフォーマンス・ステータス:全身状態をスコア化したもの:0〜100)は
90(軽い臨床症状はあるが、正常活動可能)を維持している