粒子技術が生み出す究極の「体に優しい」陽子線治療
静岡県立静岡がんセンター
陽子線治療科部長の
村山重行さん
20メートルの装置の中で光速近くに加速して作られる陽子線をがんに照射して行う、陽子線治療。その巨大でダイナミックな装置からは、「体に優しい治療」はすぐには想像できない。しかし狙った腫瘍だけを照射し、周辺臓器に影響を及ばさない、患者の負担を最小限にする治療なのだ。
静岡がんセンター陽子線治療棟3階にあるコントロールルームは穏やかな緊張に包まれていた。この部屋は治療用の加速器や治療装置を制御する陽子線治療の心臓部だ。頭蓋底腫瘍の陽子線照射が行われている。広い部屋の一角では2人の診療放射線技師がくい入るように眼前のモニター画面を睨んでいる。
1人の技師は通路を隔てて位置している回転ガントリー照射室を4方向から捉えたモニター画面を注視している。そこには顔全体をマスク型の固定具で覆われて診察台に横たわる男性患者とその患者を見守るスタッフの姿が映し出されている。
患者の頭部には回転ガントリーと呼ばれる陽子線照射装置の照射筒の先端にある直径10センチほどの孔が向けられている。ちなみに静岡がんセンターには、同じ回転ガントリー照射室がもう1室、それらとは別に水平照射室が設けられている。照射室をチェックする技師の傍らではもう1人の技師がさまざまなメーターやグラフが表示されたモニターを見つめ続ける。
しばらくするとコンピュータ特有の電子音が室内に響いた。陽子線が照射されたことを告げる擬似音である。いよいよ治療が開始される――。
患者を犠牲にしない陽子線治療
水素の原子核である陽子を用いた陽子線治療が初めて米国で行われたのは1954年のことである。もっとも日本では、医療現場に導入され始めてようやく10年を経たばかりだ。この治療を実施している施設も国立がん研究センター東病院など6施設にすぎない。
そのなかで静岡がんセンターでは02年の開院当初から陽子線治療の準備を進め、03年には治療を開始している。
陽子線治療には従来の放射線治療にはない「人に優しい」特長が備わっている。
「現在、放射線治療の主流であるX線などの電磁波と違い、陽子線は荷電粒子で形成されています。そのために体内のある一定の深さで止まる特性があります。この特性が照射線量の集中度の高さにつながるのです」
そう語るのは静岡がんセンター陽子線治療科部長の村山重行さんだ。
線量をコントロール患部接近の臓器を損傷しない
従来の放射線は体内に入ると、線量の多くが体の表面近くで吸収され、そのために患部に到達する線量は限られていた。しかし陽子線の場合は深部に線量吸収のピークがあり、患部に線量を集中させることができる。この特長は同時に患部に隣接した臓器や器官の障害を除き、副作用が最小限に抑えられることをも意味している。これが従来の放射線治療の限界を打ち破ることにもつながっている。
「患部が他の臓器と接していたり重なっている場合には、リスクが大きく、放射線治療が困難な場合も多かった。しかし、陽子線治療なら照射をうまくコントロールすることで他の部位を傷害することなく治療が行えるのです」(村山さん)
静岡がんセンターで08年12月までに行われた陽子線治療件数は前立腺がん(280人)肝臓がん(105人)、肺がん(95人)、頭頸部腫瘍(64人)中枢神経(45人)、骨軟部腫瘍(42人)、直腸がん術後再発(10人)、その他(49人)だ。09年の治療件数は160件。それらのなかにはこうした陽子線治療ならではのメリットにより患者が救われているケースも多い。
「たとえば前立腺がんでは、従来の放射線治療やホルモン治療で排尿障害や男性機能が喪失することもありました。しかし陽子線治療ならこれらの機能を温存することができる。頭頸部がんでも従来の放射線治療では、視神経や眼球周辺の血管が傷害され、失明が必発というケースもあります。その場合でも陽子線治療なら後遺症を最小限の視力低下に抑えられる。これまでは負担が大きく手術などの治療が困難だった高齢の患者さんも治療対象にすることができます」(村山さん)
患者から見れば、「自らを犠牲にしないですむ治療」―それが陽子線治療の最大の特長だ。
左:治療前、右:治療後2カ月 腫瘍(矢印)が縮小していることがわかる
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