闘病記

「ゴミになってたまるか」(前編)

2018年11月

川嶋勝美さん(協同組合タッケン理事長) かわしま かつみ 1948年4月13日青森県蓬田村生まれ。早稲田大学中退。銀座でたこやき屋を手始めに青森博報堂、家具のキノシタ、協同組合タッケンに創立時から参画。現在、同理事長。NPO法人ライフサポート青森代表、NPO法人青森地域再生コモンズ代表。2007年膵がんステージⅣを宣告され、2017年12月がん患者としての保護観察終了。著書に『すい臓がんステージⅣ...

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タキソテール+TS-1の抗がん薬治療728日から完治への道のり ステージⅣ胃がん闘病記 第2回

2018年11月

原島文隆さんはらしま ふみたか 1951年群馬県生まれ。数社の職歴を経て2016年65歳で定年退社。一男二女を育て上げ、孫を4人授かる。趣味のゴルフは、初心者同様だが健康第一と考え日々頑張っている <病歴> 2003年 長年患っている尿路結石のレーザー治療を受ける2004年4月7日 地元の総合病院で「グループ5」に属する胃がんが発見される。手術は不可能と告げられ、抗がん薬治療の説明を受ける2004...

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希望こそ生きる力をくれると信じている

2018年10月

野澤和之さん ドキュメンタリー映画監督 のざわ かずゆき 1954年新潟県六日町生まれ。立教大学文学部修士課程卒。文学修士文化人類学専攻。記録・文化映画のフリーランス助監督を経てテレビドキュメンタリーの世界へ。文化人類学を学んだ体験から文化社会の周縁にいる人々を描いた作品が多い。2004年在日1世の半生を描いたドキュメンタリー映画『ハルコ』が全国の劇場で公開され話題になった。2012年元ハンセン病...

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タキソテール+TS-1の抗がん薬治療728日から完治への道のり ステージⅣ胃がん闘病記 第1回

2018年10月

原島文隆さんはらしま ふみたか 1951年群馬県生まれ。数社の職歴を経て2016年65歳で定年退社。一男二女を育て上げ、孫を4人授かる。趣味のゴルフは、初心者同様だが健康第一と考え日々頑張っている <病歴> 2003年 長年患っている尿路結石のレーザー治療を受ける2004年4月7日 地元の総合病院で「グループ5」に属する胃がんが発見される。手術は不可能と告げられ、抗がん薬治療の説明を受ける2004...

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「必ずまた、戻ってくるから」 最終回

2018年9月

橘 ハコ さんたちばな はこ フリーランスのパブリシスト(広報)。1974年生まれ。大手広告代理店や老舗出版社で雑誌広告営業の経験を積んだ後、2005年、出資を受けニッチマーケティング領域の会社を立ち上げる。その分野ではパイオニアとして海外からも評判を得るも、その後より自由な立場で仕事をすることを選びフリーランスへと転身、今に至る。広報・PR、マーケティングコミュニケーションの領域でさまざまな業界...

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「栗田さんは私にとって『希望の星』です」

2018年9月

栗田英司さん 「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」関東支部中皮腫相談担当 くりた えいじ 1966年10月静岡県静岡市生まれ。清水市立商業高校卒。大手電機メーカーを経て精密機器会社に就職。33歳のとき腹膜中皮腫と診断され余命1年の宣告を受ける。2000年4月東京都立亀戸技術専門学校入学。2001年5月、情報管理会社入社。2008年6月退社。2009年Nタクシー入社。2017年9月右田孝雄さん...

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いつも一緒が当たり前だった人が、がんに奪われていったとき 小泉美紀さん(小児看護専門看護師)

2018年8月

こいずみ みき一般大学卒業後、OL経験を経て看護学校入学。卒業後、聖路加国際病院に就職。退職後都内の小児専門病院に転職。その後大学院博士前期課程修了。小児看護専門看護師として小児専門病院で勤務。ER勤務を経てPICU勤務。現在に至る。夫とはOL時代に知り合い結婚。結婚28年目に肺がんで夫が他界 夫と2人で生きてきた。これからも変わらぬ日々が続くと思っていた。ある日突然、夫に肺がん「ステージⅣ」が宣...

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「必ずまた、戻ってくるから」 第5回

2018年8月

橘 ハコ さんたちばな はこ フリーランスのパブリシスト(広報)。1974年生まれ。大手広告代理店や老舗出版社で雑誌広告営業の経験を積んだ後、2005年、出資を受けニッチマーケティング領域の会社を立ち上げる。その分野ではパイオニアとして海外からも評判を得るも、その後より自由な立場で仕事をすることを選びフリーランスへと転身、今に至る。広報・PR、マーケティングコミュニケーションの領域でさまざまな業界...

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「必ずまた、戻ってくるから」 第4回

2018年7月

橘 ハコ さんたちばな はこ フリーランスのパブリシスト(広報)。1974年生まれ。大手広告代理店や老舗出版社で雑誌広告営業の経験を積んだ後、2005年、出資を受けニッチマーケティング領域の会社を立ち上げる。その分野ではパイオニアとして海外からも評判を得るも、その後より自由な立場で仕事をすることを選びフリーランスへと転身、今に至る。広報・PR、マーケティングコミュニケーションの領域でさまざまな業界...

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死からの生還に感謝感謝の毎日です。 オプジーボと樹状細胞ワクチン併用で前立腺PSA値が劇的に下がる・富田秀夫さん(元・宮城リコー/山形リコー社長)

2018年7月

とみた ひでお1941年愛知県稲沢市生まれ。私立東海高校卒。同志社大学法学部卒業後、64年リコー入社。86年山形リコー社長、95年宮城リコー社長を経て01年~07年まで経営コンサルタントとして宮城、山形、新潟、青森、福島の20数社の経営者、管理職に指導を行う。野田一夫ファンクラブ会長。同志社大学校友会宮城県前支部長 がんの治療は現在「手術」「化学療法」「放射線治療」が主流で第4の治療である「免疫...

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