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闘病記

がんになった著名人

死からの生還に感謝感謝の毎日です。 オプジーボと樹状細胞ワクチン併用で前立腺PSA値が劇的に下がる・富田秀夫さん(元・宮城リコー/山形リコー社長)

2018年7月

とみた ひでお1941年愛知県稲沢市生まれ。私立東海高校卒。同志社大学法学部卒業後、64年リコー入社。86年山形リコー社長、95年宮城リコー社長を経て01年~07年まで経営コンサルタントとして宮城、山形、新潟、青森、福島の20数社の経営者、管理職に指導を行う。野田一夫ファンクラブ会長。同志社大学校友会宮城県前支部長 がんの治療は現在「手術」「化学療法」「放射線治療」が主流で第4の治療である「免疫治...

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がんと闘っていくには何かアクションを起こすこと 35歳で胆管がんステージⅣ、5年生存率3%の現実を突きつけられた男の逆転の発想・西口洋平さん

2018年6月

にしぐち ようへい一般社団法人キャンサーペアレンツ代表。1979年大阪生まれ。神戸商科大学(現・兵庫県立大学)卒。人材紹介会社であるエン・ジャパン株式会社に新卒1期生として入社。関連会社出向、子会社への転籍を経て現在に至る。2015年2月ステージⅣの胆管がんと告知される。子どもを持つがん患者同士がつながることの出来るコミュニティサービス一般社団法人キャンサーペアレンツを立ち上げ、抗がん薬治療を続け...

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治療する側とされる側の懸け橋の役割を果たしたい 下行結腸がんⅢA期、上部直腸、肝転移を乗り越え走るオストメイト口腔外科医・山本悦秀さん

2018年5月

やまもと えつひで1945年愛知県稲沢市生まれ。金沢大学医学部名誉教授。2005年8月大腸がんを宣告され計3度の手術、化学療法を経験。39歳でジョギングを始め、41歳で初の市民マラソンに参加。現在、「城南歯科医院」理事長の傍らオストメイトのがんサバイバーとして啓蒙活動に励んでいる。著書に『定年教授の癌克服ラン日記』『走って治すぞ、ガン闘病。』など多数 金沢大学口腔外科教授の山本悦秀さんは2005年...

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胃がんになったことで世界にチャレンジしたいと思うようになった 妻からのプレゼントでスキルス性胃がんが発見されたプロダーツプレイヤー・山田勇樹さん

2018年4月

やまだ ゆうき1983年熊本市生まれ。熊本高校卒。通称やんま~。プロダーツ団体PERFECTに初年度から参戦し、2009年、2012年、2013年、3度の年間チャンピオン。そして2位4回、3位2回、4位2回と過去11年間で5位以下の成績はなしという安定した実力を発揮し続けるプロダーツプレイヤー。2016年からイギリスのダーツプロ団体PDCにチャレンジし、2017年2月UKオープンにて日本人初となる...

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大腸がんを患って、酒と恋愛を止めました 多彩な才能の持ち主の異色漫画家・内田春菊さんが大腸がんで人工肛門になってわかったこと

2018年3月

うちだ しゅんぎく1959年長崎県生まれ。1984年『シーラカンスブレイン』で漫画家デビュー。1993年初めての小説『ファーザーファッカー』がベストセラーになり直木賞候補に。翌1994年『私たちは繁殖している』『ファーザーフアッカー』両作併せて第4回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。また『キオミ』では第112回芥川賞候補に。またミュージシャン、女優、映画監督と幅広い活動をしている。現在、WEB...

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医療関係者は常に患者を励まし続けて欲しい 胃がんⅢ期の後に食道がんⅢ期。そのうえ奥さんもホジキンリンパ腫に。それでも明るく楽しく生きていく医療ジャーナリストの松井壽一さん

2018年2月

まつい じゅいち1936年東京生まれ。早稲田大学卒。(株)薬業時報社(現、じほう社)入社。編集局長、取締役を歴任後、退社。以後フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演活動に務めている。また毎月、「ケンコウ奉仕」の芸名で浅草木馬亭にアマ漫談家として出演している。「寅さんファンクラブ」会長。東京医療学院大学非常勤講師。NPO日本医学ジャーナリスト協会理事。著書に『薬の文化誌』『薬の社会誌』『がんを友...

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「がん哲学外来」開設10年。「病気であっても病人でない」社会をめざして 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授の樋野興夫さん

2018年1月

ひの おきお1954年島根県生まれ。順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授、医学博士。一般社団法人がん哲学外来理事長。米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェイスがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年1月「がん哲学外来」を開設、現在では「がん哲学外来&メディカルカフェ」を全国で展開中。『見上げれば、必ずどこかに青空が』(ビジネス社)『がん哲学外来へ...

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直腸がんになった経験を活かし、がんをネタに笑いをとるようになった「ゆーとぴあ」ピースさん 『がんをネタに笑わせるのは、がんを経験したボクたちの使命です』

2017年12月

ゆーとぴあピース ほあし しんいち1955年大分県生まれ。1977年、城後光義さんとともに「ゆーとぴあ」を結成。長いゴム紐をくわえ思い切り引っ張って顔で受ける″ゴムパッチン″で一躍、茶の間の人気者に。1989年に解散。1996年に再結成。2008年に再び解散。2015年ピースさんが直腸がんになったことで「ゆーとぴあ」が復活し現在、寄席やライブハウスなどで活動中 がんは運が左右する。「ゆーとぴあ」の...

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弟・進の盲腸がん、兄・孝の脳溢血を乗り越えたビリー・バンバン 私と兄がほぼ同時に大病になったおかげで『本物の兄弟』になれました

2017年11月

すがわら すすむ1947年生まれ。東京都国立市出身。青山学院大学卒。1969年兄、孝とデュオを組んだ「ビリー・バンバン」のデビュー曲「白いブランコ」でメジャーデビュー一躍フォークシンガーの代表的存在となる。その後も「さよならをするために」などのヒットを飛ばしNHK紅白歌合戦にも出場。1976年解散。その後再結成し2007年11月、〝いいちこ〟のCM曲「また君に恋してる」が坂本冬美のカバーで大ヒット...

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胃、食道、咽頭にがんを発症しただけでなく脳梗塞、心房粗動、心房細動、肺炎、腎臓病が加わっても生き返った男の物語 『自分もしぶといが、がんもしつこい。それが実感です』

2017年10月

むらくし えいいち1948年静岡県生まれ。明治大学政経学部卒業後、中日新聞社入社。東京本社(東京新聞)編集局社会部、司法記者クラブキャップ、社会部デスクなどを歴任。北陸本社編集局次長などを経て東京本社編集局編集委員で定年退職。引き続き特別嘱託として編集委員を務め2013年暮れに完全退職。『台湾で、見つけた日本人が忘れた「日本」』『新聞記者は何をみたのか 検察・国税担当』(ともに講談社)、『がんと明...

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