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患者に朗報!肝がんに効く薬が初めて出現
穏和な副作用で生存期間を延ばす新しい分子標的薬

監修:古瀬純司 杏林大学医学部内科学腫瘍科教授
取材・文:町口 充
発行:2008年5月
更新:2013年4月

  
古瀬純司さん
杏林大学医学部
内科学腫瘍科教授の
古瀬純司さん

これまで肝がんに効く抗がん剤はないとされてきた。とりわけ肝細胞がんに対する全身化学療法の効果は低く、いまだ標準的な治療法も確立していないのが現状であった。しかし、その壁を突き破るものとして今期待が高まっているのが、新しい分子標的薬、なかんずく「ネクサバール(一般名ソラフェニブ)」だ。

がんと肝障害で異なる治療法

肝がんでどんな治療法を選んだらいいか。それは、肝障害の度合、腫瘍の数、腫瘍の大きさによって治療法は異なる。

たとえば肝障害度が軽いか中程度の慢性肝炎あるいは肝硬変(チャイルドA、B)で腫瘍が単発なら、外科的切除かラジオ波焼灼などの局所療法(チャイルド分類とは肝障害の重症度をあらわすため、肝硬変の進行度で分類したもの。軽度の順にA、B、Cの3段階がある)。

肝障害度が軽いか中程度で腫瘍数が2~3個の場合は、腫瘍の大きさが3センチ以内なら切除・局所療法の適応となるが、3センチを超えるとラジオ波焼灼などの局所療法は難しく、切除か、切除ができなければ肝動脈塞栓療法となる。肝障害度が軽いか中程度の慢性肝炎で4個以上なら肝動脈塞栓療法・動注(動脈注入)化学療法、という具合だ。

ラジオ波焼灼とは、肝臓に針を刺して先端からラジオ波を出してがんを壊死させる治療法。肝動脈塞栓療法は、がんに酸素と栄養を供給している血管を人工的にふさぎ、がんを兵糧攻めにする治療法で、通常、治療効果を高めるために抗がん剤も一緒に注入する。

ほかに肝機能の不良な患者に対しては肝移植の方法もある。

「切除やラジオ波焼灼などの局所療法、肝動脈塞栓療法、肝移植はいずれも、臨床試験などでその効果が確認され、適切な症例選択のもとに標準治療として確立しています。
ところが、化学療法はこれまで多くのレジメン(治療の組み合わせ)が臨床試験として試みられたものの、残念ながらいまだ生存期間の改善が確認されず、標準治療として確立されていません」

と語るのは、前国立がん研究センター東病院肝胆膵内科医長で今年3月、杏林大学内科学腫瘍科教授に就任した古瀬純司さん。

悲観的だった化学療法

肝がんに対する化学療法は、動脈を通して肝臓のがん細胞までカテーテルを通し、抗がん剤を注入する動注化学療法と、点滴あるいは経口による全身化学療法とに分けられているが、このうち動注化学療法は日本で開発された独自の治療法。

「動注は日本が得意とする治療法で、動注化学療法剤として04年7月にはシスプラチン(商品名アイエーコール)の保険適応が認められ、最近では5-FU(一般名フルオロウラシル)+シスプラチン、5-FU+インターフェロンで高い奏効率が報告されています。ただし、全身化学療法と比べたり、無治療と比べたりしたエビデンス(科学的根拠)がないので、果して本当に効果があるのか、生存期間の延長につながっているかの証拠は得られていません。また、施設間の技術の格差も大きく、上手なところとそうでないところとでは歴然とした差が出てしまう。このため標準治療とはなり得ていません」

全身化学療法はどうか。

「これまで肝がんにおける臨床試験(ランダム化比較試験)として、アドリアシン(一般名ドキソルビシン)、ノルバデックス(一般名タモキシフェン)、インターフェロンなどいくつか行われてきました。アドリアシンでは無治療群に比べて有意に生存期間の延長が認められましたが、25パーセントの症例で致命的な合併症が認められているし、ノルバデックス、インターフェロンでは生存期間の延長が認められておらず、標準治療とはなっていません。最近では5-FU+ノバントロン(一般名ミトキサントロン)+シスプラチンといった多剤併用療法で25パーセントを超える奏効率が報告されましたが、比較試験(第3相試験)まではいっていません。その他の有望な化学療法も奏効率は高かったが、残念ながら生存期間の延長にはつながらなかったという結果であり、結局のところ、エビデンスのある治療法は1つもない。薬が効かないわけではなくて、少し肝機能が悪い人だと多少は効いても肝障害が起きて生存期間の延長に結びつかないというわけで、既存の抗がん剤による化学療法は悲観的にとらえられているのが現状です」

増殖と血管新生の両方を標的に

[進行性肝細胞がんに対するソラフェニブの効果(全生存期間、SHARP試験)]
図:進行性肝細胞がんに対するソラフェニブの効果

O’Brien-Fleming threshold for statistical significance was P=0.0077

そこで登場したのが新しい分子標的薬のネクサバールである。現在「肝細胞がん」に対し製造承認申請中で、厚生労働省より優先審査の対象として指定を受けている。すでに腎細胞がんに対しては承認されている。

がんが増殖し進展・転移していくときは、がん細胞自体が増殖していくためのシグナル伝達と、がんが広がっていくための栄養補給として血管新生が欠かせない。これをブロックする代表的な分子標的薬が前者ではイレッサ(一般名ゲフィチニブ)が知られているし、後者ではアバスチン(一般名ベバシズマブ)などがある。

これに対してネクサバールは、がん細胞そのものの増殖を阻止すると同時に、血管新生を抑えるという、両方の作用を持った初のマルチキナーゼ阻害剤で、経口剤だ。がん細胞の増殖と血管新生に関与する酵素(キナーゼ)であるRAFキナーゼ、VEGFR-2、VEGFR-3、PDGFR-β、c-KIT、FLT-3などを阻害することで効果を発揮すると考えられている。

「最初にまず、いろいろながん患者さんを対象に、少ない量で第1相試験が行われました。その中で、肝細胞がんの患者さんで、たまたま効いた人が出た。そこで、アメリカを中心に137例を対象に400ミリグラムを1日2回経口投与して、進行肝細胞がんに対する有効性と安全性を確認する臨床試験が行われました。奏効率は2パーセントと低率でしたが、がんの進行を止める効果、いわゆる無増悪生存期間が4.2カ月でした。普通、がんは放っておけば1カ月、2カ月で進行していきます。それが4カ月以上も進行を抑え、生存期間も、これまでなら6~7カ月だったのが9.2カ月に延長したので、期待を持たせるものとなったのです」

第1相、第2相試験の結果を受けて、プラセボ群を対象にした臨床試験(SHARP試験と呼ばれる)が、欧米を中心に行われた。05年3月から06年4月までにネクサバール投与(400ミリグラムを1日2回内服)群(299例)とプラセボ投与群(303例)が比較された結果、全生存期間がプラセボ群7.9カ月に対してネクサバール群は10.7カ月と、44パーセントも延長させた。無増悪期間もプラセボ群2.8カ月に対してネクサバール群5.5カ月と有意差が認められた。にもかかわらず、副作用の発生頻度はほぼ同等だった。

肝細胞がん患者の生存期間を延長した初めての薬物治療であり、臨床的に大きな意義のある結果として、昨年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表され注目を集めた。この結果を受けて、ネクサバールを開発したドイツのバイエル・ヘルスケア社はEC(欧州委員会)とFDA(米国食品医薬品局)に肝細胞がんの治療薬としての適応申請を行い、同年11月、承認されている。


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