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闘病記

新たなことにチャレンジするきっかけはいつも病でした

2013年3月

岡村麻未さん (歯科医師・健康美容コンサルタント)おかむら あさみ 1993年日本歯科大卒業。歯周病医として5年間勤務した後、35歳で子宮頸がんを発症し手術を受ける。1997~1998年ニューヨークで審美歯科や皮膚科、化粧品学を学び、ニューヨーク州のエステティシャン資格を取得。2000年に『キャシーズ・チョイス・フェイスケア・ラボ』を開設し、2005年化粧品の開発・販売をスタート。2006年乳がん...

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信頼できる医師に巡りあえたからこそ、今の自分がいます

2013年3月

山中恒 やまなか ひさし1931年、北海道小樽市出身。大学在学中より同人誌に作品を発表、『赤毛のポチ』で日本児童文学者協会新人賞を受賞。児童読み物作家として創作活動を続ける一方、戦時史の研究にも取り組む。戦時下の生活を記録した『ボクラ少国民』『暮らしの中の太平洋戦争』など著作も多数   がんで初めて“死”というものを意識し、その後心筋梗塞を経験、まさしく生死の境をさま...

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ちょっと視点を変えるだけで考え方も生き方も変わってくる

2013年2月

三本杉祐輝(さんぼんすぎ ゆうき)元中学校教頭1958年11月生まれ、54歳。福島県双葉町出身。2003年、富岡第一中学校教頭時代(45歳)悪性リンパ腫を発症。ドナー移植を含む3度の移植をするが、余命宣告もうけ自宅療養のため退職。原発事故で避難生活をしながら、「命の大切さや生き抜く力」を講演会等で伝える活動をする原発事故のお膝元である福島県双葉町で中学校の教頭職として働いていた三本杉祐輝さん(54...

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「生かされている」思いを新たなエネルギーへ

2013年2月

小林 克也 こばやし かつや 1941年、広島県福山市出身。29歳でラジオDJデビュー。「スネークマンショー」など伝説的な番組を手がけてきた。ラジオDJ歴40年を越えた現在も、9時間の生放送の番組を担当中。衰えを知らないDJ界の巨匠。   日本で最も存在感のある声は小林克也さんの声だろう。1970年にラジオ番組のディスクジョッキーとしてデビューして以来、40年以上、D...

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35年間のがんだらけ人生を生き抜く〝3人の自分〟

2013年1月

与謝野 馨 よさの かおる 1938年東京生まれ。中曽根康弘氏の秘書を経て、1976年に衆議院議員初当選。文部大臣、通産大臣、自民党政調会長などを歴任。安倍晋三内閣では官房長官、麻生太郎内閣では財務・金融・経済財政の3閣僚を兼務した。民主党菅直人政権では経済財政担当相として入閣。政界随一の政策通として知られ、筋金入りの財政再建論者。歌人の与謝野鉄幹・晶子氏は祖父母にあたる  「...

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食事でがん克服それは料理人の意地を賭けたミッションだった|米山 昭さん(料理人)

2012年12月

米山 昭さん(料理人)よねやま あきら1970年都内の調理師学校卒業、千代田区のホテルにオードブル修行志願で3カ月間勤務。その後、アルバイトをしていた地元の天ぷら店の親方の元に戻り一緒に伊東の和食店へ。1971年夏に小田原駅近くのビル地下で8席の店を親方の協力を得て創業。1983年近くの一軒家に移り会席料理店として今日に至る古典料理の復元に取り組んできた郷土料理店『米橋』を営む米山昭さん(62歳)...

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末期がんに鞭打ちながら、南相馬復興に命を懸ける|原町中央産婦人科病院の高橋さん

2012年12月

原町中央産婦人科病院の高橋さん2011年3月11日、日本を襲った東日本大震災。未曽有の大災害のなか、末期がんを患った医師の高橋亨平さんは故郷を守るため残り、地元の人たちの治療を続けている。彼は一体、何を遺すために闘い続けているのだろうか? 末期がんを患いながらも地域医療を守る高橋さんが治療を行っている原町中央産婦人科病院「亨平先生は、まだ入院中じゃなかったかなぁ」通りすがりの男性に、病院...

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「うっかり」ではなく「しっかり」八兵衛だったからこそ、今がある

2012年12月

高橋元太郎さん 歌手・俳優高橋 元太郎 たかはし げんたろう 1941年、東京都出身。高校を卒業後、証券会社に就職するも、約1年で退社。その後、ジャズ喫茶「銀座テネシー」のオーディションに合格し、アイドルグループ「スリーファンキーズ」の結成メンバーとして人気を博したあと、ソロ歌手として独立。俳優業としては、「大岡越前」の“すっとびの辰三”や、「水戸黄門」の“うっかり八兵衛”で、お茶の間の人気者にな...

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「翼をもがれた社長」は、こうして翼を取り戻した|岩瀬俊男さん(会社経営者)

2012年11月

岩瀬俊男さん(会社経営者)いわせ としお 1947年神奈川県生まれ。1970年日本大学理工学部交通工学科卒業後、岳南建設株式会社に入社。2001年代表取締役社長に就任(~現在)。社長就任半年後の54歳のとき喉頭がんを発症。7年後に再発し、喉頭を全摘する。シャント法により声を取り戻し社長業に復帰する送電線工事業業界では国内屈指の会社を率いる岩瀬俊男さん。いったんは治ったかに見えた喉頭がんが7年後に再...

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ノーベル賞最右翼だった物理学者の最後の研究は自らの闘病生活となった|戸塚洋二さん(物理学者)

2012年11月

戸塚洋二さん(物理学者)享年66ニュートリノの研究者として、最もノーベル賞に近い科学者の1人だった戸塚洋二さん。がんを患いながらも自身を観察し、最期のときまで、科学者である姿勢を崩さなかった。ノーベル賞に最も近かった物理学者「戸塚さんの研究者としてのリーダーシップには驚かされました」と語る梶田隆章さん宇宙の起源はどんなものなのか――。物質はどのように成り立っているのか――。科学好きでなくても、多く...

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