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前立腺がんをホルモン療法で上手くコントロールする
『前立腺癌診療ガイドライン』におけるホルモン療法、MAB療法の位置づけ

監修:赤座英之 筑波大学医学部付属病院腎泌尿器外科教授
取材・文:林義人
発行:2007年1月
更新:2013年4月

  
赤座英之さん
筑波大学医学部付属病院
腎泌尿器外科教授の
赤座英之さん

あかざ ひでゆき
1946年東京生まれ。
73年東京大学医学部卒業。74年東大医学部泌尿器科助手。80年学位取得。
82年米国テネシー大学泌尿器科客員助教授。
86年東大医学部泌尿器科講師。
90年筑波大学臨床医学系泌尿器科助教授。
97年筑波大学臨床医学系泌尿器科教授。
専門は泌尿器科学、泌尿器腫瘍学、化学療法。日本泌尿器科学会理事。日本癌治療学会理事。

「日本人に合った治療」を示したガイドライン

写真:『前立腺癌診療ガイドライン』
『前立腺癌診療ガイドライン』

前立線がんの治療は外科治療、放射線治療、薬物療法などと、とても選択肢が多いが、2006年5月に作成された『前立腺癌診療ガイドライン』では、それぞれの治療法がエビデンスをもとにしてわかりやすく紹介されている。ホルモン療法を中心とした薬物療法の作成委員である赤座さんはこう語る。

「ガイドラインというのはきちんとしたエビデンスに則って記す必要があります。とくに日本人に合ったガイドラインを作るという意味で力を入れました。なぜかというとホルモン療法の捉え方は日本と欧米では大きく異なっているからです。こうした日本と欧米のホルモン療法に対するギャップをどう埋めるかに苦労しました」

前立腺がんは、男性ホルモンであるテストステロンに刺激されて成長する。そこで、テストステロンを断ち切る「去勢」を行うことによって、がんを抑えようというのがホルモン療法だ。提唱者はアメリカのチャールズ・ハギンズ博士で、1941年に男性ホルモンの分泌源である精巣を摘出する手術を行い、がんの増殖・進行を抑える効果を確認した。ハギンズさんは、この研究によってノーベル賞を受賞した。現在では、去勢手術よりも、身体への負担が少なく同じ効果を得られるホルモン剤が多く使われている。

「ハギンズさんの時代は、今日のように前立腺がんを早期発見できるPSA(前立腺特異抗原)という腫瘍マーカーが発見されていませんでした。ですから、前立腺がんは進行した(転移)状態で発見されるケースが多く、ホルモン療法は多くの場合に進行性の前立腺がんに対して行われました。こうしたがんでは、最初はホルモン療法がよく効くけれど、結局2、3年で再燃してきます。そのためハギンズさん自身も『ホルモン療法は姑息的(一時の間に合わせ)治療』と書き残しました。アメリカではその考えがいまだに強くて、『ハギンズの呪縛』と個人的に考えております。

しかし、ハギンズさんの影響がなかなか届かなかった日本では、昭和30~40年代から先人たちがホルモン療法を精力的に行ってきました。骨や肺、肝臓などに転移した人もホルモン療法を行うだけで症状が改善していくといったことを経験していたのです。私たちはそのような内容も考慮して、ガイドラインの内容に生かしました」

進行前立腺がんのホルモン療法は世界共通

進行した前立腺がんに対するホルモン療法は、日本でもアメリカでも標準療法となっている。しかし、アメリカではホルモン療法を姑息的治療と考えているために、治療のスタートをなるべく遅らせようとする。例えば骨転移が見つかってもすぐにはホルモン療法を始めないで、痛みなどの症状が出てからそれを緩和するためにホルモン療法を始める。これを「遅延療法」と呼んでいる。

「ところが、日本では小さな骨転移であろうと、見つければすぐにホルモン療法を開始します。そして、そのことでアメリカよりも治療成績がよくなっているのです。我々は進行前立腺がんでもホルモン療法だけで十分にコントロールできると考えています」

さらにアメリカにはもう1つ重要なデータがある。それは進行した前立腺がんでホルモン療法を1回も受けていない人は、前立腺がんで死亡する割合が非常に高いということだ。

「進行前立腺がんなのにホルモン療法を受けない理由の1つは経済的なものもあるでしょう。ホルモン療法を実施するとコストがかかるからです。しかし、日本は幸い保険システムがしっかりしており、個人負担も大きくないので、『早く治療しよう』ということになるわけです」

他臓器に遠隔転移を来たしたような前立腺がんでも、ホルモン療法でいったんは優れた効果を示しPSAも下げる。が、そのうちの多くは2~3年で原発巣以外の部位で再発する。

「このとき不思議なことに再発したほとんどの患者さんで原発巣ではがんは再燃しないのです。このことはホルモン療法が、限局性がん(前立腺の中にとどまる早期のがん)に対しても非常に有効な治療オプションの1つになるという1つの根拠といえます」

限局性がんに対する成績は手術に劣らない

[限局性および局所進行前立腺がんに対するホルモン療法の有用性]
図:限局性および局所進行前立腺がんに対するホルモン療法の有用性

前立腺がんでもホルモン療法(LH-RHアゴニスト単独療法でもMAB療法でも)を行うと一般の日本人の期待余命と同等の期待余命をもたらすことが明らかになった

前立腺がんの早期発見のためのPSA検査(血液検査)が登場して以来、限局性の前立腺がんが多く見つかるようになった。こうしたがんに対しても、「ホルモン療法は姑息治療」と考えているアメリカでは、まず手術や放射線治療が選択されるのが普通だ。

「アメリカの泌尿器科医は基本的に外科医であり、『手術が最も重要な治療法』と考えている人が多く、ホルモン剤の臨床試験も限局がんに対して行われておらず、ホルモン療法の有効性を示すエビデンスもありません。この点、日本の泌尿器科医は、手術にも、ホルモン剤にも、抗がん剤にも関心を持ち、多くの選択肢から『患者さんのためになる治療』を検討し、提供できるわけです」

またホルモン療法は、ED(勃起障害)という副作用を伴うのが普通だ。日本人より性機能にこだわる人が多い欧米では、この意味でもホルモン療法が敬遠されやすい。

赤座さんたちは、限局した、または局所進行の前立腺がんで、ホルモン療法を行った患者さんを約10年間にわたってフォローアップした試験を実施しており、2003年に公表したデータを『前立腺癌診療ガイドライン』に示している。これによると手術を行わずにホルモン療法だけを行った前立腺がんの患者さんの期待余命は、同じ年齢のがんでない一般の人の期待余命と変わらないという結果が得られました。

「早期の前立腺がんの患者さんに対しては、少なくともホルモン剤だけで治療しても、一般の方の期待余命と変わらないわけです。私たちはこうしたホルモン療法の有効性を海外に向けて発信し、少しずつ認められるようになりました」

2006年1月に発表された文献によると泌尿器科学会に登録された限局性前立腺がんの約45パーセントはホルモン療法を受けていると発表された。最近アメリカで発表されたCaPSURE(キャップシュア、Cancer of the Prostate Strategic Urological Research Endeavor)と呼ばれる報告でも、従来、手術や放射線などの根治療法を行われてきたような人たちの中にも、10~20パーセントあるいはもっと多くがホルモン療法だけで治療しているデータが示されており、それは少しずつではあるが増加している。

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