渡辺亨チームが医療サポートする:膵臓がん編
サポート医師・石井浩
国立がん研究センター東病院
肝胆膵内科医長
いしい ひろし
1960年生まれ。86年千葉大学医学部卒業後、同大学病院、清水厚生病院で研修。90年千葉大学第1内科、国立横浜東病院を経て92年より国立がん研究センター中央病院肝胆膵内科医員。98年千葉社会保険病院消化器診断部長、01年より国立がん研究センター東病院勤務。02年より現職。専門は原発性肝がん、胆道がん、膵がんの非手術療法
黄疸で膵臓がんの疑い。開腹手術を勧められたが、セカンドオピニオンを選択
野田啓一さんの経過 | |
2004年 10月 | 半年前に比べて体重が5キロ以上減少。白目が黄色くなっているなどの症状が出る。中央病院で検査。膵臓がんか下部胆管がんの疑い |
11月15日 | Iがんセンターの消化器外科で再検査 |
17日 | 入院し、血液検査、CT検査、MRI検査などを受ける |
18日 | ステージ2Bの膵臓がんと診断。ステージ4の可能性も |
妻から「黄疸ではないか」と指摘された野田啓一さん(65)は、かかりつけの病院で「膵臓がんの疑いがあるので開腹手術を」と勧められる。
しかし、専門医の意見を聞くためにセカンドオピニオンを選択。
はたしてその専門医からは、「2B期の膵臓がん」との診断が下された。
最も治りにくいがんといわれる膵臓がん。彼は、これにどのように取り組んでいくのだろうか。
(ここに登場する人物は、実在ではなく仮想の人物です)
「顔の色がバナナみたい」
2004年10月、野田啓一さん(65)は、北関東のF市で30年間以上中学校教師として勤め、最後は校長となったあと教育委員会に勤めていた。まもなくここも定年退職を迎えようとしている。旅行好きの野田さんは、日ごろ家族や職場の仲間たちに「仕事を退いたら、キャンピングカーで全国を回りたいと思っている」と、夢を語っていた。
野田さんは酒好きで、若いころは人並み以上に飲んだが、還暦を過ぎると酒量が落ちて1日に日本酒2合の晩酌を楽しむ程度になっている。タバコもかつては1日にハイライト2箱を吸ったが、現在は1箱に届かない。50代半ばに胆石の発作が起こったことがあり、超音波で破砕する治療を受けたが、このときに痛い思いをしたことから少し節制を心がけるようになった。
が、このところ、ちょっと体調がよくない。半年前に比べて体重が5キロ以上減っていた。ある日、野田さんは、3歳年下の妻の悦子さんにこう訴える。
「どうも近頃、体がだるくてたまらないな」
「まあ、どうしたのかしら。また胆石が出たんじゃないの?」
そう言いながら妻は改めて野田さんの顔を見た。
「あら、白目が黄色くなっているわね。どうしたのかしら?」
「えっ、そうかい? 今朝ひげを剃るとき、鏡を見たはずなのになあ」
もう1度、妻はよく夫の顔を見る。
「顔全体がまるでバナナみたいな色よ。おかしいわ。黄疸(*1)かもしれないわよ。きっと飲みすぎで肝臓が悪くなっているのよ。ちょっと栗山先生に診てもらったら?」
妻は、以前野田さんが胆石の発作を起こしたとき、駆け込んだ市内の中央病院の外科医の名前を挙げた。胆石は栗山医師の治療で治ったことがある。こうして野田さんは自分の車を中央病院へ走らせた。
「どうしました? また、飲みすぎですか?」
野田さんと同年輩の栗山医師は、診察室に入ってきた野田さんの顔を覚えているようで、にこやかな顔で迎えた。
胆石の治療で通院しているとき、野田さんは栗山医師から暴飲暴食をやめるよう、きつく言われている。
「妻が『顔が黄色いから黄疸だ』と言うものですから」
「ほう、そうですか。確かに黄色いですな。目も黄色いし……」
医師も野田さんの顔色に気づいた。
「やっぱり肝臓でしょうか? 最近は若いときほど飲んでいないのですがね」
「うーん、黄疸といっても肝臓とは限りませんからね。調べてみましょう。まず超音波検査ですな」
膵がんの超音波画像
野田さんは診察台に横になるよう促され、超音波検査が行われた。
「ああ、何か映っていますね……。どうもこれは胆管が拡張しているようだなあ」
栗山医師はプローブを当てながらそう言った。そのあと採血を行い、紙コップに採尿するよう指示した。そして「検査の結果が出るまで、待合室でお待ちください」と告げたのである。
1時間ほど待つと、再び診察室に呼ばれる。栗山医師は先ほどとは打って変わって、深刻そうな表情となっていた。
「検査の結果が出ました。血中の総ビリルビン8.6ミリグラム/デシリットル、直接ビリルビン6.0ミリグラム/デシリットルとずいぶん高いし、尿中のビリルビン(*2)も高いですね。閉塞性黄疸のパターンで、おそらく膵臓(*3)でしょう。がんはよく見えないけど胆管と膵管の拡張の所見があります。これは膵臓がんが疑われるものです。黄疸の治療もしなければならないので、すぐにお腹を開いてみたいと思います。明後日、入院できますか?」
専門医も「膵臓がんの疑いが強い」と
栗山医師から「すぐに手術のための入院手続きをするように」と言われた野田さんだが、「ちょっと家の者たちとも相談させてください」と返事を保留した。確かに栗山医師は胆石の治療はうまくやってくれたが、「がんかもしれない」というだけでお腹を切られることには抵抗がある。それよりも、想像もしていなかった「膵臓がん」という言葉を聞かされたことにすっかり動揺してしまい、「今はちゃんとした判断ができないかもしれない」という思いもあった。
その夜、野田さんは必死になってインターネットで「膵臓がん(*4)」という言葉を検索した。どのページを見ても「最も治りにくいがんの1つ」「進行がんなら5年生存率は5パーセント以下」「1年以内の死亡率90パーセント」などといった言葉が並んでいる。読めば読むほどつらくなる情報が多かったが、そのなかには「最近膵臓がんの分野にも画期的な抗がん剤が登場した」という興味深い話も見られた。
「やはり1度、がん専門病院で話を聞いたほうがよさそうだ」
野田さんはそう結論を出した。ただし、妻には「本当にがんとわかってから話そう」と考え、その日栗山医師から聞いたことは内緒にしていた。
11月15日の朝8時半、野田さんは栗山医師から手渡された診断書と超音波画像を携えて、電話で受診を予約しておいたIがんセンターの消化器外科を訪れた。「ほかの先生の話も聞いてみたいと思った」と事情を話すと、栗山医師は、意外に快く受け入れてくれ、資料を提供してくれた。
待合室にいる間、どんどん不安な思いが広がってくる。「がんでなければいいけれど」と、念じていた。
「野田さん、野田さん。中へどうぞ」
15分ほど待つとスピーカーで診察室へ呼ばれる。入ると[医長 高島剛]と示したネームプレートを胸につけた医師が診察室に待っていた。40代半ばくらいに見える。
「膵臓がんの可能性があると言われたそうですね? 黄疸のほかに何か具合の悪いところは?」
栗山医師の書いた診断書に目を通しながら高島医師が切り出した。
「ええ、なんだか最近疲れやすいと感じていたのですが……。それ以外にはとくに……」
「お腹や背中が痛いということもとくにないですね?」
「ええ、それはないですが」
「膵臓がんの多くは、背中などに疼痛がありますからね(*5膵臓がんの症状)。ただ資料を読ませていただく限り、膵臓がんか下部胆管がんが疑われます。すぐに入院していただき検査を始めましょう」
野田さんは自分で顔が引きつっていくのがわかるようだった。背筋に冷や汗が伝ってくる。
「局所進行がんと見られます」
MRIの画像。胆管が拡張している
11月17日に入院すると、すぐに血液検査やCT検査、MRI検査などの検査が続いた(*6膵臓がんの検査)。そして、18日の夕方、一通り検査が終わったあと、野田さんは高島医師から面談室に招かれる。妻の悦子さんも一緒に向かった。部屋には高島医師のほか、3人のスタッフが待機している。高島医師が口を開いた。
「こちらが外科の杉山先生、それから研修医の戸田先生、こちらが川嶋看護師です」
紹介された3人に野田さん夫妻は「よろしくお願いします」と言い、深々と頭を下げた。高島医師が続ける。 「それではご説明いたします。血液検査の結果、アミラーゼ値のほかアルカリフォスファターゼ、腫瘍マーカー(*7)CA19-9の値も高くなっていることがわかりました。CTでも腫瘍と思われるものが見えます。膵臓がんと考えて間違いないでしょう」
こう告げると、ディスプレイの上にCT画像を示したのである。
「これが膵臓です。この膵頭部という部分に見えるのが、がんだと考えられます」
高島医師は、CT画像をまずボールペンの先で指し示し、次にそれをデスクの上に開いた人体解剖図のほうに向けた。野田さんは高島医師に訊いてみる。
「進行度からいうと、どういうことになるでしょうか?」
「そうですね。画像の上ではがんは肝臓につながる膵頭部分にあって最大径は2センチを超えていますが、周囲の肝臓などへの転移はないようです。大血管への浸潤もないように見えます。ここから見る限りはステージ2Bとなりますね。
ただ膵臓がんはCTだけでは見つからない微小転移があって、お腹を開いてみないとわからないところがあります(*8膵臓がんの診断)。それによっては、もっと上のステージ4ということになるかもしれません(*9膵臓がんの病期)」
「かなり進んでいる可能性もあるわけですか……」
野田さんは、「どう考えていいのか」と混乱した。悦子さんが緊張に耐えかねたように、涙を流している。
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