延命効果に加え、副作用やQOLを考慮してキードラッグを選ぶのがポイント
新分子標的薬の登場で、大腸がん治療の選択肢がさらに増えた
腫瘍外科教授の
杉原健一さん
ここ数年、大腸がんの分野では新たな分子標的薬の承認が相次ぎ、10年4月にはベクティビックスが承認された。
これで大腸がん治療のキードラッグは、すべて出そろったことになる。
大腸がん治療はどう変わったのか、最新版の「治療ガイドライン」に基づいて解説していただいた。
新しい治療薬の登場で生存期間が延長した
1980年代まで、大腸がんは薬が効かないがんだと考えられていた。使われていたのは、50年代に開発された5-FU(一般名フルオロウラシル)である。80年代後半、5-FUにロイコボリン(一般名ホリナートカルシウム)を併用するようになった。ロイコボリンは抗がん剤ではなく、5-FUの作用を強める薬である。これで生存期間はかなり延びたが、大腸がんで手術できない状態と診断されてからの生存期間は、1年ちょっとに過ぎなかった。
しかし、そこからの進歩は急速だった。東京医科歯科大学大学院腫瘍外科教授の杉原健一さんはこう語る。
「90年代後半、臨床試験でカンプト(一般名イリノテカン)やエルプラット(一般名オキサリプラチン)が使われるようになりました。2000年代に入るとこれらが承認され、FOLFIRI(5-FU、ロイコボリン、カンプトの併用療法)やFOLFOX(5-FU、ロイコボリン、エルプラットの併用療法)という形で使われるようになり、生存期間は15~17カ月に延びました。さらに、これらの治療を逐次的に行い、5-FU、カンプト、エルプラットという3種類のキードラッグをすべて使うことで、生存期間は約20カ月に延びたのです」
2000年代の後半になると、分子標的薬が登場してきた。07年にアバスチン(一般名ベバシズマブ)、08年にアービタックス(一般名セツキシマブ)、そして10年4月にベクティビックス(一般名パニツムマブ)が承認され、世界中で評価されている大腸がんの治療薬がすべて出そろった。
「それまでに使われていた3種類のキードラッグに分子標的薬を併用すると、生存期間は24カ月近くまで延びました。抗がん剤が効かないと思われていた時代から考えると、著しい進歩を遂げたことになります」
現在の大腸がん治療は、出そろった6種類のキードラッグを、うまく組み合わせて治療する時代に入っている。
同じ作用を持つ2つの分子標的薬
大腸がん治療には、アバスチン、アービタックス、ベクティビックスという3種類の分子標的薬が使われている。このうち、アービタックスとベクティビックスは、抗EGFR抗体薬と呼ばれる薬で、作用機序もほとんど同じだという。
「EGFRは上皮細胞増殖因子受容体といって、がん細胞の表面にある受容体です。そこに情報伝達物質が結合すると、細胞内に向けてシグナルを出す仕組みになっています。そのシグナルで、増殖が促進されたり、アポトーシス(細胞の自然死)が抑制されたりして、がんは増え続けていくのです。抗EGFR抗体薬は、受容体が刺激されるのをブロックすることで、がんの増殖を抑えます」
これに対し、アバスチンはまったく異なる作用を持っている。こちらは血管新生阻害薬と呼ばれ、がんが新たな血管を作るのを阻止する薬である。
がんが増殖するためには栄養が必要で、その栄養を確保するため、がんは新生血管という特殊な血管を張り巡らそうとする。それを抑えるのがアバスチンの働きなのだ。
マウスのたんぱく質を含まない抗体薬
同じ作用を持つアービタックスとベクティビックスだが、異なる点ももちろんある。図1に示したように人工的に作り出した抗体薬は、マウス由来たんぱく質とヒト由来たんぱく質の割合によって、マウス抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体に分類されている。アービタックスは、マウス由来たんぱく質が33パーセントを占めるキメラ抗体。ベクティビックスは、完全にヒト由来たんぱく質で構成されたヒト抗体である。
「マウスのたんぱく質が多いほうが、理論的には副作用が出やすいと言えるでしょうね。他の動物のたんぱく質が入っていることで、インフュージョンリアクションを起こしやすいと言われています」
インフュージョンリアクションとは、点滴直後に起こる反応で、ひどい場合には、血圧低下や呼吸困難を伴うショック症状が引き起こされる。軽ければ全身のかゆみ程度のこともある。
アービタックスでは、5パーセント程度の確率で発生するという。ベクティビックスもゼロではないが、アービタックスの約半分と言われている。
「アービタックスの調査では、インフュージョンリアクションが起きやすいのは、初回の投与で、点滴開始から早い時間帯であることがわかっています」
その間、医療者がしっかり見守ることで、危険な状況はかなり回避できるそうだ。
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