専門機関を受診し、適切な治療を受けることが重要
リンパ浮腫の改善は正しい知識と標準治療で
リンパ浮腫治療室長の
佐藤佳代子さん
治療の後遺症として起こることが多い手足のむくみ
リンパ浮腫は、体内に流れるリンパ液が局所的に過剰に溜まり、手や足などにむくみを起こす病気です。生まれつきリンパ管やリンパ節のはたらきが弱い原発性と、手術や放射線治療などにより引き起こされる続発性の場合があり、日本の場合は約80パーセントが続発性と言われています。乳がんや、子宮がんや前立腺がん、大腸がんの手術でリンパ節を取ったり、放射線をリンパ節に照射した後に起きることがあり(乳がんの場合は腕に、そのほかは脚に起きます)、同じがん治療でもリンパ節を広く取った場合に発生率が高いという報告もあります。
子宮がんや乳がんに比べて数は少ないですが、頭頸部がんの治療後に顔がむくんだり、皮膚がん(メラノーマ)の治療後に起きることもあります。発症時期は治療直後のこともあれば、数年後に突然発症し、がん治療の後遺症だとは気づかずに、様々な診療科を転々とすることも少なくありません。リンパ浮腫のある皮膚は乾燥しやすく、ちょっとした傷口から細菌が侵入しただけで、患部が熱をもって赤く腫れ上がる蜂窩織炎などの急性炎症が起きやすくなっています。
治療には、手術でリンパ管と静脈をつなげたり、波動型マッサージ器で患部を圧迫するなどの方法もありますが、国際リンパ学会で標準とされている治療法はスキンケア、マッサージ、圧迫、そして圧迫下での運動を組み合わせた「複合的理学療法」です。これから、この「複合的理学療法」について順を追って説明していきます。
治療の中心となるのは「複合的理学療法」
[図2 深部リンパ管とリンパ節の分布]
先駆的に複合的理学療法に取り組む東京都大田区の後藤学園付属医療施設リンパ浮腫治療室の佐藤佳代子さんは、「まずは、むくみがどこからきているかを明確に知り、1人ひとりに合った治療構成を組み立てることが大切」と強調します。同じむくみの症状でも、心臓や腎臓に負担がかかってむくみが発生する全身性の浮腫の場合には、治療を受けるとかえって悪化することもあるからです。また、がんが再発している場合には相対的禁忌とされ、がん治療と平行して補足的に行われることもあります。
治療開始や本格的なマッサージの前に、丁寧に皮膚の状態を観察し、スキンチェックを行います。状態に応じてマッサージ(リンパドレナージといいます)が開始されます。患部にたまった液を流すマッサージをうまくこなすために、体内をめぐるリンパ管系の仕組みについて説明します。
人間の血液は心臓から押し出されて動脈を通って体の各部分に張り巡らされた毛細血管に流れ、それが再び集まって静脈となり、心臓に戻ってきます。毛細血管からしみ出した組織間液のうち、静脈に吸収されなかった残りの液はリンパ液として皮膚の下や細胞間にある毛細リンパ管に吸収されます。毛細リンパ管は徐々に合流して大きなリンパ管となり、リンパ液を心臓に向かって運んでいきます(図1)。
体の各部を走るリンパ管は、脚の付け根のそけい部、わきの下、首にあるリンパ節から体幹部に入り、鎖骨の部分で太いリンパ本幹が静脈に合流し、血液と一緒になって心臓に戻っていくわけです(図2)。リンパ液は、雑菌などの異物が体内に侵入したときに免疫反応を起こす働きをしているリンパ球を運んだり、細胞から老廃物や大きなタンパク質を回収しています。図2では、下半身から戻ってきたリンパ管の腹部の部分に乳び槽という太くなった部分があることにも注目しておいてください。
「複合的理学療法」での、リンパドレナージはこうした全身のリンパ管の構造を念頭に置いて、リンパ液の流れの滞りを改善するために行うものです。腫れた部分だけをマッサージしても決して症状は改善しません。まずは、腫れた部分のまわりのリンパ液の流れをよくして道筋をつけてから、腫れた部分のリンパ液をその道筋に流すようにしながらすすめていきます。
実際のリンパドレナージ治療の手順
では実際のやり方です。
マッサージを行う前に皮膚の状態をチェックしていきます。水虫感染や炎症がないかをチェックしてとくに異常がなければ、マッサージを行いましょう。
最初は、根幹の部分の流れを促すための運動からです。リンパ管が静脈と合流する鎖骨部と、先ほど書いた乳び槽の辺りに刺激を与えます。両肩をすくめるようにゆっくり、大きく後ろに回す運動を10回くらい。続いておへその上に手をあてて、ゆっくり大きく腹式呼吸を5回くらい繰り返して太いリンパ管を動かします。
さて次は、たまったリンパ液の“引っ越し先 (受け入れ能力の大きい近くの健康なリンパ節)”とむくんでいる部分の道筋をつけるための胴体のドレナージを行います。例えば、右脚が腫れている場合、右脚の付け根のリンパ節の流れが滞っているわけですから、ここを回避して右のわきの下にリンパ液を運ぶようイメージします。左脚であれば左のわきの下、右腕であれば左のわきの下と右脚の付け根へ、左脚であれば左のわきの下へ流すようにします。
ここでは、左足が腫れている場合を例に、説明を進めていきます。
まずは、引越し先となる左のわきの下付近の環境を整えます。引っ越すときに、引っ越し先の部屋を片づけるのと同じ要領です。(1) 引っ越し先となる左わきの下のくぼみに右手を平らにあて、10回くらいゆっくりと回します。(2) 次に体側部に沿って、くぼみから手のひら1つ分だけ、下半身のほうに移動させ、くぼみ(上方)に向けて皮膚をずらすように手を軽く動かす運動を5~10回行います。終わったら、さらに手のひら1つ分下半身のほうに移動させて同じことを繰り返し、腰骨の辺りまで徐々に下がっていきます(右図1)。ここまできたら、来た手順を戻るようにして、左の腰骨のやや下の部分から体側部に沿って左わきの下まで流します。これで胴体のドレナージは終了です。
引っ越し先へ向かう道筋を作ったところで、ようやく腫れた左脚のリンパ液の移動にとりかかります。がん治療の後遺症でリンパ浮腫になっている場合、左のそけい部(左もものやや内側の付け根)のリンパ節の流れが傷害を受けているわけですから、ここにリンパ液を運ばないようにすることがポイントです。具体的には右図2のような道筋で、足の先から脚の付け根までを3回さすります。そけい部を避け、脚の付け根付近では外側に道筋をつけるように意識します。
さて、脚でも体幹部に近いほうからドレナージをしていきます。先ほども書いたように、太ももで重要なのは外側に流れを作ること。右図3のように、まず脚の付け根に手のひらを置いて腰骨の方向に向かって皮膚だけを動かすように5~10回ずつマッサージ。続いて手のひら1つ分ひざのほうに移動させて繰り返し、膝の脇に到達するまでこれを続けます。
次は太ももの前側です。今、外側で作った流れにつながるような流れを作ります。脚の付け根から膝まで順に太ももの上の部分を内側から外側に5~10回、皮膚を動かすようにマッサージします。その次は太ももの内側です。同じ要領で脚の付け根から膝まで、今度は下から上に皮膚を動かして、太ももの前側で作った流れにつなげます。太ももの下内側と下外側も下から上に持ち上げてリンパの流れを作ります。
膝から下については、膝に向かう方向でマッサージをしながらつま先まで進みます。つま先まで到着したら、2の要領で、3回さすり、マッサージは一応終了です。
「複合的理学療法」では、マッサージに続いて、腫れた部分を弾性包帯という伸縮性のある包帯を巻き、患肢を圧迫します。その状態で、巻いた部分を大きく動かす運動(例えば脚であれば膝の屈伸や自転車こぎなど)を行います。運動によって、筋肉の層と包帯の間にたまったリンパ液をポンプのように押し出す効果があります。疲れるほど激しい運動をする必要はありません。
また、日常的なスキンケアとして、乾燥を防ぐため、できるだけ添加物の少ない保湿クリームを塗り、皮膚に潤いを与えます。また、手に小さな傷があると、雑菌が侵入しやすいので、アレルギーがない場合はゴム手袋をはめて作業をするなど、日常生活での細かい工夫も必須です。
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