がん患者を介護した遺族の経験を、今、闘病中の患者さんに役立てたい
医療者には、いつも患者さんを“支える”気持ちを持ってほしい

取材・文:「がんサポート」編集部
発行:2011年3月
更新:2013年4月

  
中野貞彦さん

「青空の会」代表の中野貞彦さん

がん患者を介護し、看取った後、遺族はやり場のない悲しみの中に取り残される。その思いを分かち合い、心置きなく語り合える場が欲しい――。「青空の会」は、そんな声を受けて設立された。そして自分たちの経験を、現在闘病中の患者さんやご家族、日本のがん医療の改善のために役立てたいと、遺族の声を地道に記録している。

遺族が心置きなく語り合える場をつくろう

写真:定例会「つどい」

遺族たちが安心して素直な気持ちを語り合える定例会の「つどい」

写真:2010年4月の1泊旅行

2010年4月の1泊旅行は埼玉県秩父市へ。「芝桜の丘」で有名な羊山公園に出かけた

写真:アルフォンス・デーケンさんと中野さん

終末期医療の問題に取り組むアルフォンス・デーケンさんと中野さん。2001年に開催した「青空の会」10周年記念シンポジウムにて

3人に1人ががんで亡くなる現代。つらく苦しい闘病生活を送るのは、患者さんだけではない。介護する家族も同じだ。さらに、残された遺族は別の苦しみを抱え、生きていかなければならないこともある。本人に告知をしなければよかった、あるいはすればよかったという後悔。あの治療法で本当によかったのだろうかという迷い。いつまでも癒えることのない、大切な人を失った悲しみ――。

遺族でしかわからない、そんなさまざまな思いを共有し、励まし合おうと活動しているのが、がんで家族を失った遺族の会「青空の会」である。

同会は、1987年にモンブラン登頂を行ったがん患者、椚総さんが設立した、がん患者と家族・遺族の会「どんぐりの会」の分科会である。「遺された遺族が語り合える場が欲しい」という声を受けて、92年に発足した。

主な活動の柱は3本。1本めは3カ月に1回、東京の高田馬場で開催している定例会「つどい」である。闘病の経緯や故人への想いなどについて、毎回1人が体験発表をした後、参加者全員が自己紹介する。

2本めは、冊子「青空の会のつどい」の発行。「つどい」での体験発表の採録や、事務局に寄せられたお便りの紹介などを24ページの冊子にまとめて年4回発行している。

3本めは、レクリエーション。食事会や旅行などを行い、会員の親睦を深めている。

同会の代表を務めるのは、自身も大切な家族をがんで失った中野貞彦さんだ。妻の和子さんは直腸がんを発症し、4年間の闘病の末、91年に46歳で他界した。手術したとき、すでにリンパ節や肝臓にも転移していた。術後は抗がん剤治療を1年間行ったが、肺に転移。「このときが妻も私も1番落ち込みました」と中野さんは思い返す。その後は、家族旅行をするなど残りの時間を大切に過ごした。

一方、88年ごろ、夫妻で「どんぐりの会」に入会。和子さんは徐々に体力が衰えていくなかで1泊旅行を企画するなど、積極的に会の活動にかかわった。

そして、和子さんは家族が見守るなか、ホスピスで息を引き取った。中野さんは「自分の人生は終わった」と感じたという。

多くを語らなくてもすぐに気持ちが通じ合う

その後も中野さんは「どんぐりの会」で活動を続けたが、がんばって闘病している人の前で、亡くなった人のことを話すのは難しかった。

そこで、同会創立者の椚総さんを亡くした妻の計子さんの呼びかけに応じて、「遺族だけで話せる場をつくろう」と、数人で「青空の会」を設立した。和子さんが他界して1年後のことだ。

現在、「青空の会」の会員は約90人。毎回20~30人が参加する定例会の「つどい」は、参加者にとって特別な場所である。「大切な人を亡くしてしまった」というベースが同じなので、多くを語らなくてもすぐに気持ちが通じ合い、共感できる。ふだんは抑えているさまざまな感情を、何の気兼ねもなく素直に表現していいんだという安心感もある。

「つどい」では、体験発表を行った後、自己紹介をすることで、不思議な作用が生まれるという。発表者はつらい時期を思い出さなければならないが、話すことで心の整理ができる。その話を参加者は心を込めてゆっくり聞きながら、自分の家族の闘病生活を思い出す。そのため、続く3分間の自己紹介では、心の底からわき出た素直な言葉が話される。家族を亡くしてすぐの人もいれば、10数年たつ人もいるが、聞く側にとってはだれかしら自分の気持ちにぴったりと添う人がでてくる。そこから「悲しいのは自分だけじゃない」と自ら気づき、気持ちを分かち合い、ほっとし、安らぎ、勇気がわいてくるのだという。

この作用は、冊子「青空の会のつどい」にも共通して起こる。「つどい」に参加できない人にも冊子を届けることで、同じ思いが伝わっていくのだ。「命や宗教の本を読みあさったが、この冊子ほど私を慰め、共感を与えてくれるものはなかった」「誰にもわかってもらえない胸のうちの苦しみが、この冊子にはある」と、寄せられた感想からもそのことがうかがえる。

もともと、「青空の会」設立の目的は2つあった。1つは遺族がお互いの気持ちを共有し、励まし合う場にすること。もう1つは、個人的な話で終わらせずに、自分たちの経験を現在闘病中の患者さんやご家族のため、がん医療の改善のために役立てようということだ。

闘病中の患者さんのために自分たちの経験を役立てたい

冊子の発行は、この2つめの目的にも大きく関係している。会では、患者さんや家族はどんなことに苦しんでいたのか、家族はどんな気持ちで介護していたかなど、さまざまな思いが話される。そのなかには、現在のがん医療、とくに緩和医療をよくしていくためのヒントがたくさん詰まっているのだ。

たとえば、夫を亡くしたある会員は、告知について次のような体験をした。「夫は気が弱いから余命を伝えないでほしい」と頼んであったのに、ある日、主治医が患者本人に「あと1週間です」と告げたのだ。奥さんは看護師に「言わないでと頼んであったのに、ひどいじゃないですか」と訴えると、「この病院では知らせることになっています。皆さん、しばらくすると立ち直られます」との返答。患者さんは失意のなか、ちょうど1週間後に亡くなったという。

「余命半年、3カ月でもショックなのに、1週間とはどう考えてもショックが違う。患者さんを支えようという気持ちがあれば、こんな言葉が出てくるはずがありません。医療者はコミュニケーションスキルを学ぶことも大切だけど、まず人間性を学んでほしい。医療の根本として、人間のあり方として、相手の気持ちを考えるのは1番大切なことじゃないですか」と中野さんは問い掛ける。

「こういう生の声を整理し、冊子の形で記録に残して伝えていくというのが私たちの訴え方。がん医療について声高に改善を叫ぶという方法ではありませんが、こういう形でコツコツ積み上げていき、多くの人にがん医療について考えてもらうことが大切だと思っています」

大反響を呼んだ遺族の声を集めたアンケート

『がん患者を介護した家族の声』

大反響を呼んだ『がん患者を介護した家族の声』

このような生の声の集大成が、同会が98年に発行した『がん患者を介護した家族の声』である。遺族を対象にアンケートを行い、結果をまとめたものだ。

アンケートの質問項目は、告知や治療法、主治医との関係、故人没後の感情など計78問にも及ぶ。多くの遺族の方々がつらい過去と向き合いながら答えてくれた。同誌は各メディアで紹介され、大反響を得て版を重ね、3500部も発行された。

アンケートには、切実な声が寄せられている。医療者に対するものでは、「『技術面では最善を尽くしますが、メンタルな部分は家族にお任せします』と言われ、この医師は本当の医師ではないと思った」「末期、それも死が間近と思われるころにも検査、検査。病人を苦しめているように思われてならなかった」など。

どんなに厳しい状況でも自分たちを支えてほしい

中野さんに、これらの声を代表して、患者本位の医療実現への要望を2点に絞ってお話しいただいた。

「まず、緩和ケアの問題です。治療の初めから緩和ケアを受けられることになっていますが、治療の手立てがなくなりホスピスへ行く、というのが現実です。患者さんとしては信頼している主治医に最期まで診てほしいのに、緩和医療医へバトンタッチされるという制度でいいのでしょうか。たとえば、緩和医療医である大津秀一先生の『がん治療を開始する時点で、主治医を治療専門医と緩和医療医の2人にしてはどうか』という提言は、なるほどと思いました。

先程話した告知の問題も重要です。患者さんの気持ちを慮り、患者さんや家族の希望に沿った形での告知の仕方を考えて、『患者や家族を支える』という医師の一言が欲しいですね」

ほかにも多々ある要望すべてに通じることとして、中野さんが繰り返し強調するのは“支える”という言葉だ。

「医療者にとって1番大切なのは、患者さんを“支える”という気持ちだと思います。患者さんや家族は、たとえどんなに厳しい状況にあったとしても、自分たちを支えてほしいと願っているのです」と訴える中野さん。

「青空の会」は今年20周年を迎える。1月29日に開催した20周年記念シンポジウムに合わせて、遺族へのアンケートを再度行った。現在集計中の結果は、いずれ冊子にまとめる予定だという。

「私たちの経験を、どうか無駄にしないで!」

遺族たちのそんな切実な思いが医療現場に届くことを、中野さんたちは願っている。


がんで家族を失った遺族の会「青空の会」

中野貞彦
〒198-0042 東京都青梅市東青梅6-2-18
TEL/FAX:0428-24-3196

椚 計子
〒191-0062 東京都日野市多摩平4-9-2-604
TEL/FAX:042-584-9826


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