乳がん患者を励ますために、乳がんサバイバー自らカメラの前に立った
「私の胸を見て!」再建女性たちの生の声と元気な生き方
乳がん手術で乳房を失い、1度はつらく耐えがたい苦しみを味わった。しかし、新しく乳房をつくる「乳房再建」によって生きる希望と自信を取り戻し、生き生きと輝いている女性たちがいる。「私たちの生き方と、再建した胸を見て!」と19人の乳がんサバイバーが自らモデルとなって、写真集をつくった。
再建手術を受けて自身と美しさを取り戻した
企画:STPプロジェクト
撮影:荒木経惟
発行:赤々舎
定価:2,625円(税込)
「私の胸を見て!」「乳がんになっても、私はこんなに元気よ!」
どの写真からも、そんな声が聞こえてくる。2010年11月、『いのちの乳房』と題する1冊の写真集が刊行された。一糸まとわぬ姿で明るく堂々とこちらを見つめる19人のモデルの女性たちは、全員「乳房再建」を行った乳がんサバイバーだ。
モデルたちは、こんな声を寄せている。
「再建手術を受けたことで、私は母として女性として、人間としての自信と勇気を得ました」
「人知れず泣いている患者さんたちの背中を押したくて、モデルになることを決意しました」
「乳がんを宣告されても、決して摘出手術を恐れることはありません。だって、きれいな胸をまた作ればいいんですから!」
がんを乗り越え、あるいは今も闘いの真っただなかにいながらも、こんなにも輝いている女性たちがいる。
乳房を全て摘出する全摘にしろ、一部でも乳房を残す温存にしろ、乳がんの手術によって乳房を失ってしまうことは、患者さんにとって想像以上に深い悲しみと苦痛をもたらす。それを少しでも和らげるための手法の1つが、乳房を新しく作る乳房再建だ。
現在、乳房再建には、胸にシリコンなどのインプラント(人工物)を挿入して乳房を作る方法と、背中や腹部の筋肉や脂肪などの一部を移植する自家組織によるものの2種類がある。また、乳がんの摘出手術と同時に再建を行う1期(同時)再建と、手術が終わってから改めて再建を行う2期再建がある。手術から20年以上たっていても、2期再建をすることは可能だ。
しかし、乳房再建手術を受ける人は、乳がん手術経験者のわずか数パーセントに過ぎない。この手術に対する認知度が低く、再建手術を専門に手がける形成外科医が少ないためである。
乳房がなくなるくらいなら手術などしないと思った
この写真集を企画したのは、乳房再建を経験し、写真集のモデルの1人でもある真水美佳さん。「乳房再建手術のことをもっと知ってもらいたい」と、友人2人とともに立ち上げたワーキングチーム、STPプロジェクトから写真集を発行した。
真水さんの乳がんが発覚したのは2007年10月。勤務先の健康診断のマンモグラフィ検査(*)で異常を指摘された。精密検査の結果、非浸潤(*)がんが1つ見つかった左乳房は温存、浸潤がんと非浸潤がんが1つずつ見つかった右乳房は全摘を勧められた。
16人に1人がかかるといわれている乳がんだが、当時真水さんの周辺には乳がん経験者が1人もおらず、患者会の存在も知らなかった。誰にも相談できず、真水さんは1人で苦しんだという。
「インターネットで『乳がん』と検索すると、膨大な量の情報が出てくる。あまりに多くあり過ぎて、自分がどんな情報を必要としているかさえわからなくなりました。そして、『この胸がなくなっちゃうの?』と涙が止めどなくあふれ、今まで当たり前にできていたことができなくなることへの不安でいっぱいでした。だったら、体にメスを入れずに天寿をまっとうしようか、とまで思い詰めました」
*マンモグラフィ検査=乳房専用X線撮影検査
*浸潤=がん細胞が周辺の細胞にしみこむように広がっていくこと
乳房再建を知っていたらもう少し安心できたかも
しかし、真水さんは乳房再建により救われる。乳がんを告知された病院では再建手術を行っていなかったが、主治医が「乳房再建という方法がある」と教えてくれたのだ。インターネットで見つけた病院で、再建手術を受けることを決めた。
「これで救われる。まさに地獄から天国へ上ったようでした」
そして08年3月、真水さんは乳がんの摘出手術と同時に、腹部からの自家組織による再建手術を行った。当時を振り返って、真水さんはこう話す。
「もし、乳がんを患っても元気で生き生きしている人が身近にいたら、“ なんで私だけがこんな目に遭うんだろう” と目の前が真っ暗になり、孤独感に襲われることもなかったと思います。
そして、再建手術という方法があることをあらかじめ知っていたら、あんなにパニックにならずにもう少し安心してがんの手術に向き合えたかもしれない。
そんな思いが今回の写真集の企画につながったのです」
乳がんの告知を受けてパニックになっていたとき、インターネットのサイトがつらくてとても読めなかった経験から、写真集ならパラパラとページをめくり、さっと目で見て、自分の乳房がどうなるのか、すぐにイメージしてもらえるとも考えた。
アラーキーだからこそ彼女たちの生き方も撮れる
撮影は、あの“アラーキー” こと、写真家の荒木経惟さん。
「モデルの女性たちの生き方や美しさまでも写し撮れるのは荒木さんしかいない」と考えた真水さんたちは、荒木さんに直接依頼したところ、「いいね。やろう!」と即答。荒木さんは2009年に前立腺がんの手術を受け、現在も治療中である。
出版社も決まり、最後はモデル募集だ。再建手術を手がける形成外科医の病院にチラシを置かせてもらって募集したところ、「荒木さんに撮ってもらえるなら」とあっという間に集まった。
撮影時間は1人約15分。荒木さんは、モデルたちの心をどんどん開かせ、ベストな表情を引き出していく。撮影中、真水さんは「荒木さんが心にぴったり寄り添ってくださっている、荒木さんに愛されてるなと思いました」と笑う。
失くしたおっぱいで育てた2人の娘さんと一緒に並ぶ女性。再建手術後に出会ったパートナーと笑顔で抱き合う女性。現在再建中のため乳頭や乳輪がない胸を誇らしげに見せながら微笑む女性。
「乳がんになっても、こんなに元気で輝いている素敵な仲間がたくさんいることを伝えて、乳がん患者さんたちを励ましたい。そして、乳房は再建できることを知ってもらいたい。それがこの写真集で1番伝えたいことです」と真水さんは力強く言う。
写真集の後半には1人1ページずつを割いて、年齢、都道府県、病歴、手術の感想、手術法などが明記されている。また、再建を手がける病院と医師の名前も掲載されており、再建手術を考えたい人にとって貴重な参考資料にもなっている。
乳房再建手術の情報は平等に届けられるべき
「『乳房がなくても温泉に行けなくても、命が助かればいいじゃない』ということじゃない。命が助かり、心が健康であってこそ、乳がんとこの先も付き合っていけるのです。乳がんの手術と再建手術はセットで行われるべきだと思います。そのためには、乳腺外科の医師には整容性を考えた手術をしてほしいし、再建手術のできる形成外科の医師がもっと増えてほしいですね」
しかし、乳房再建手術には高額の費用がかかる。インプラント法では約60~100万円、保険が適用される自家組織法でも約30万円以上負担しなければならない。そんな経済的な理由やさまざまな理由により再建手術ができない、あるいは選択しない患者さんもいるだろう。
「その患者さんの病状、人生観などにもよりますから、選択は自分ですればよいと思います。どの方法が1番いいとは言えません。ただし、情報は平等に届けられるべきだと思うのです」
そこで真水さんたちは、患者さんの最も身近にいて1番情報を発信してもらいたい、全国の乳腺専門医と乳がん看護の認定看護師にこの写真集を寄贈したいと考え、賛同してくれる方や企業からの寄付を募ることにした。該当する医療機関は、全国におよそ860カ所。道のりは長い。
「自分ががんでない人や、身近にがん患者さんがいない人は、この写真集に興味がわかないかもしれません。かつて自分がそうでしたから。でも、こんな写真集があることを頭の片隅にでも置いておいて、何かあったときに思い出してほしいですね」
19人の乳がんサバイバーたちの思いの詰まった写真集。文字通り、渾身の1冊である。
これから乳頭や乳輪をつくる、乳房再建中の3人。真ん中の女性は真水さんと同じく、腹部の自己組織を乳房に移植した
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TEL: 03-5620-1475
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