ドイツがん患者REPORT 88 ドイツで日本のアニメを見て

文・イラスト●小西雄三
発行:2022年2月
更新:2023年2月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

先日、日本のアニメをYouTubeで見た。僕は〝オタク〟がまだ一部の人の言葉であった世代だが、今も漫画やアニメを観るのが好きだ。外国にいてもYouTubeで日本のアニメが日本語で見られる時代になって、日本との距離がすごく短くなったように感じられる。

アニメは2004~5年にかけての作品で、35年近く日本を離れている僕が知っているくらい有名な漫画家の原作なので、大変興味を持って観た。

舞台の始まりは、1986年の東西に分断されていたころの西ドイツ。そして場面は90年代半ばとなり、僕のよく知るドイツの風景が描き出された。主人公は僕と年齢も近いドイツの病院に勤務する日本人医師で、ブラック・ジャックばりの凄腕の脳外科医だ。

アニメの話ではあるが、ディテールが細かく書き込まれていて引き込まれた。ところがそのうち、「あれっ?」と感じた違和感が邪魔をして、どうにも話に入り込めなくなった。

ドイツに住んでいるからこそ気がついたことで

「なぜだろう?」と考えてみる。それは2つのことがドイツではありえないからだった。ところが、それが起こらないとストーリーが展開できない。ドイツに住んでいるからこそのつまずきだろう。

1つは、主人公が勤務する私立の大病院。主人公の婚約者の父親が理事長で、しかも彼は有名な外科医、世界的な研究発表もする権威でもある。ところが、彼は名誉や金銭的な欲にかられ、大豪邸に住みながら着々と私腹を肥やしていく。

ドイツには大きな総合病院は多いが、それは公立の病院がほとんどで、基本的に教授や医師が理事になって病院の経営することはない。経営は経営の専門家が行う。私立の病院ならばなおさらだし、腕がよくて高額な料金を取れるのは美容整形くらいだろう。一般的に医師は平均的賃金よりはかなり高額ではあるが、高額所得者で豪邸に住むような話は聞かないから舞台設定に無理がある。

もう1つは、主人公が片田舎の小さな診療所で、偶然不在だった医者の代わりに、アルコール依存症のホームレスに救命処置を施し、無一文の彼の治療費として自分の財布から100マルク紙幣5、6枚、診療所の医者に治療費として渡すところだ。

生活保護を受けずにホームレスを選ぶ人にはそれなりの事情があるだろうし、自営業者の中には健康保険に支払うお金を無駄だとして、リスクを承知で加入しない人もいる。僕の知人にも何人かいる。

しかし、診療所が無一文の救急患者を拒否することも、治療の報酬を受け取れないということもありえない。僕は赤十字病院に入院中、6人部屋で緊急搬送されてきたホームレスと同部屋になったことがある。彼は家財道具いっさいをショッピングカートに入れて入ってきた。看護師が「部屋の外で保管するから」とカートを出そうしても、断固拒否。廃棄された経験があるのか、信用していない様子。そのやり取りで、外見だけでなくホームレスだと確信した。ドイツでは救急の場合、無料で誰でも医療を受けることができる。それがホームレスであっても、医療従事者なら拒否できない。

「事故や突然の発作などで救命を必要とする人と遭遇した場合、見知らぬ人であっても見て見ぬふりをしてその場を立ち去ったり、救助を呼んだり応急処置の努力を怠った場合、罪に問われる」と、ドイツで運転免許を習得するときに教えられた。車を運転すると、事故現場に遭遇することが増えるので、まずは救急処置の教習を受けるのが免許習得の前段階での義務で、法律となっている。

漫画の作者は日本人。だから、ドイツの医療制度のことを詳しくは知らなくて書いたと想像できる。しかし、ドイツは国民皆健康保険制度の国で、一定の保険料さえ払えば治療は無料。そして、社会主義の東ドイツでも医療はやはり無料で受けられた。ただ、医師や医療設備などが充実してはいなかったが。

ところが同じ国民皆保険制度の日本では、保険料を払っていても治療費の支払いがあるから、ドイツでもそうだと思い込んだのだろうか? ドイツで長年暮らしているせいか、日本では自己負担があることが理解できないでいる。

ドイツでがんになったから命が助かった

僕が直腸がん肝転移を宣告され、余命2年といわれたとき、治療費のことは全く頭になかった。ただ、家族の生活のことをとても心配した。休職しても最初の3カ月間は給料が全額保証されるが、それ以降は7割しか保証されないからだ。

当時、家族4人を養う程度の収入で、預貯金ゼロ。しかし、周りの協力もあり、借金することもなく乗り切れた。

当時の僕は、日本には「高額療養制度」というのがあることを知らなかったせいもあるが、母親が病気をするといろいろ費用がかかると言っていたことなどもあり、「ドイツでがんになったから命が助かったが、日本でなら死んでいただろうな」と思った。治療費を自分で支払い切れないのなら、治療しない選択をしただろうから。

日本では、月に8万円以上の治療費がかかる場合、8万円を超えた額を健康保険が負担してくれる「高額療養制度」があるとその後知った。ドイツは、治療費は無料で自己負担はないのだ。しかし、入院当時は部屋代の自己負担が1日15ユーロ、そして、薬代の1割の自己負担(安いものは一律1剤5ユーロの自己負担)があった。化学治療の薬は高価で、請求書の額を見て驚いた。それ以外に、初診料一律10ユーロがあった。ホームドクターを通さずに患者が勝手に専門医をはしごすることによる健康保険の支出増大が問題となり、解決策として初診料を一律10ユーロ取ることになった。3カ月ごとに初診料が発生することになるが、ホームドクターで紹介状を書いてもらえば免除となる。手間とコストが患者にかかることで、とくに高齢者の費用が抑えられ、数年後にはこの初診料の自己負担はなくなった。

医療費(主に薬代)の自己負担の上限は、家族全員の収入の1%で、それを超えたら健康保険に申請すれば返金される。年収が600万円の1%なら、年間6万円以上かかった分は全て返金された。次の年から、年初に1%分を前払いしておいた。がん罹患後の収入は、家内がフルタイムで働くようになり、僕は障碍者年金になり複雑になったが、5万円ほどを振り込んだ。それで薬代も入院費についても何の経済的な不安なしに医療を受けられる。当時の僕には最高の精神安定剤だったかもしれない。

日本もドイツも国民皆健康保険の国だ。なのに、実際に患者となった場合の負担が大きく違いすぎる。ドイツの国民皆健康保険をモデルに導入した日本だが、その後、大きく違っていったのだろう。

コロナ感染で、ドイツは日本よりはるかに多い患者がいても、医療崩壊を起こさずにある程度の対応ができたのは、公立病院が多かったからだろう。強権発動は、ドイツでもできない。しかし、日本は私立の病院が乱立して、逆に公立の病院を整理してきた。病床だけ数えれば世界有数、それが医療崩壊を起こすのは、歪みがどこかにあるからなのか。

多くは「一般保険」の健康保険に加入

ドイツでは2つの健康保険がある。雇用されている人は、「一般保険」に加入することが義務付けられている。高収入で雇用されている人は一般保険から個人保険に切り替えることができる。それでも健康保険の運営は、保険の掛け金だけで国からの多額の補助や自己負担なしにできている。

もう1つは「個人保険」。自営業者や、高収入の人などが加入する。公務員には公務員専用の健康保険があり、少し制限がかかるが個人保険とほぼ同様の特典が与えられる。領収書を保険会社に送る、特殊な治療は許可が必要など手間は少しかかるが、一般保険に比べてその適用範囲が大きく、治療選択の自由度が高い。ホメオパティやハイルプラクティカなどの代替医療や自然治療も多くの場合認められるので、患者にとっては優しく感じられる医療を受けることができる。

掛け金が高いので特典が多いのは当然だが、僕の経験上、がんなど命にかかわるような病気の場合は大差がないように思えた。また、逆に治療の選択肢が多すぎて、問題のある結果も出やすいように感じた。すべての治療が認められるわけでもないし。

ただ、「個人保険に変わったら、まずは歯の治療をする」と言う知人が多かった。最近は、子供のころから口腔ケアを徹底して虫歯を作らない補助金制度が功を奏しているが、以前は歯を欠損したままの人を多く見かけた。

僕は20年ほど歯医者いらずの生活だったが、がんの化学治療を長くやったせいで、今ではほとんどの歯を失った。とくに初めの半年ほどは、2週間おきに歯が欠けてボロボロになっていくのが悲しかった。歯は原則、最低限の治療しかしてくれない。虫歯なら、削って詰めて1度の治療で終える。多くても2度だ。

30年前、日本で僕が通っていた歯医者はとても丁寧で、何度も通院したものだが、そのおかげで化学療法をするまでまったく問題なかった。ドイツの歯科治療は、3カ月に1度(年間で最大で4度)しか医療報酬が得られないので、何度も丁寧に治療できないのだろう。歯医者だけではなく、専門医もそういう包括的な医療報酬のせいか年々数が減り、問題化している。専門医の中には、個人保険の患者しか予約を受けないところも多い。自己負担がない代わりに、こういうデメリットがある。(つづく)

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