痛みの治療を上手に受けるために
痛みのない人生を送るにはどうしたらよいか
情報・統計部
がん医療情報サービス室長の
的場元弘さん
どうしたら、痛みのない人生を送ることができるのだろうか。
もちろん、十分な痛みの治療を受ける必要があるが、その前に患者さん自身ができることは何か。
日本では、昔から我慢することが美徳とされてきたこともあって、少々の痛みなら医師に訴えない患者さんが多い。
緩和医療の専門医、的場元弘さんは、まずは、そこから打破する必要があると説く。
痛みは、訴えなければ無いものとして扱われる
日本では、痛みがあっても、医師に言わない人が多い。少々の痛みなら我慢しなければいけない、と思っており、とくに高齢者ほどその傾向が強い。
痛みは、本当に訴えないほうがいいのだろうか?
「痛みの感じ方は人それぞれで、他人にはわかりません。はっきりしているのは、痛みは伝えてもらわなければ、無いものとして扱われかねないということです。ですから、我慢せずに、まずは訴えるべきですね」
こう語るのは、がんの疼痛治療に詳しく、学会での講演も多いがん対策情報センター情報・統計部がん医療情報サービス室長の的場元弘さんだ。的場さんは、がんによる直接的な痛みはもちろん、治療に伴う痛み、もともと持っている病気の痛み、治療が長引くことによって起こる床ずれの痛みなど、どんな痛みでも患者さんがわずらわしく思う場合は、治療の対象になるという。
「いわゆるQOL(生活の質)を損なうような痛みがあれば治療しなければなりません。鎮痛薬から医療用麻薬まで、使う薬はたくさんあります。薬が必要かどうかは、患者さんでは判断がつきにくいでしょうから、とりあえずは痛みがあることを医療者に伝えるのが先決です」
その際、痛みの訴え方もなるべく具体的に、詳しくしたほうがよい。食欲がなくなった、眠れなくなった、朝に痛むことが多い、というように伝えるほうが、的確に伝わる。
「眠れないことを訴えるにしても、痛みで眠れないのか、不安で眠れないのか、ちゃんと伝えなければなりません。でないと睡眠薬が出されて、痛みは放置される懸念があります」
と的場さんは言う。
誰に訴えるかも大事だ。
「医師がベッド脇に来て、『どうですか?』と尋ねると、つい『おかげさまで……』と言いがちですが、痛みが改善していなければ、はっきりと言うべきです」
そうは言っても、忙しそうな医師の様子に気圧されて、言いたいことが言えない患者さんも少なくない。
これに対して的場さんは、次のようにアドバイスする。
「医師が忙しそうにしていたら、要領よく伝える工夫をする必要があります。たとえば最初に、『今日は痛みのことと吐き気の2つについて話したいことがあります』と言えば、ちゃんと聞いてくれるはずです」
仮に言い忘れたことがあるにしても、看護師に言う手もある。言えば、アドバイスをくれることもある。寝るときの姿勢を変えたらずっと楽になった、というようなケースは意外に多いのだ。
最近は施設によっては、薬剤師が服薬指導のために病棟へやってくることもある。薬の効果や副作用については、この薬剤師に訴えてもよい。
薬を変えてから眠気が強くなった、痛みの間隔が少し狭くなった、というように伝えれば、医師と相談して対処してくれるはずだ。
世界標準の「疼痛治療」に則っているか
●オピオイド使用の時期は痛みの強さによる
●非オピオイドは必ず使う
がんによる痛みの治療の世界標準は、WHO方式のがん疼痛治療法である。痛みの強さを大きく3段階に分け、それぞれの段階でどんな薬を使うかを示している。薬の詳細は「がんの痛み治療に用いられる鎮痛薬」のページをご覧いただきたいが、できるならこれに則った治療を受けたいものだ。適切でない治療法を受けると、副作用ばかりが出て、痛みはほとんど取れない、といったことが起こりがちだ。
実は、この世界標準治療の存在を知らない医師が多数いる。知ってはいても中途半端にしか運用できずに、除痛がうまくいかないこともある。
「WHO方式のがん疼痛治療を正しく行うためには、薬の種類もちゃんと揃っていなければなりません」
薬剤には段階ごとに軽い薬から強い薬まであって、粉末、顆粒、錠剤、液剤などの剤型の違い、成分の用量の違いもあり、患者さんによって使い分けるのが普通だ。
たとえば、食物の嚥下がつらい患者さんがいる。がんの痛みもあって、医療用麻薬の錠剤を1日120ミリグラムとらなければならないとする。その際、10ミリグラムの製剤を12錠飲むのと、60ミリグラムの製剤を2錠飲むのとでは雲泥の差がある。
「たいていのがん患者さんは、胃薬や吐き気止め、便秘薬、鎮痛薬など、実に多くの薬を飲んでいます。消化器がんの手術後では、鼻腔から通したチューブを通して薬や栄養剤を投与しなければならないこともあります。このように患者さんの病態や健康状態によって、薬を使い分けなければならないので、薬の種類は豊富なほうがよいのです」
と的場さんは言う。
では、がんの疼痛治療に必要な医療用麻薬は、最低限どれくらい揃っていなければならないのか。
まず使用頻度の多いモルヒネ製剤では、1日1回投与するモルヒネ(商品名カディアン)などの徐放剤と、1日2回投与するモルヒネ(商品名MSコンチン)などの両方。投与したらすぐ効く速効性の内服薬や錠剤。注射薬としては10ミリグラム、50ミリグラム、200ミリグラム。坐薬も3規格(3種類の容量)がある。
オキシコドンには1日2回投与の徐放錠(商品名オキシコンチン)が4規格あり、速効性の散剤(商品名オキノーム)は2規格ある。皮膚に貼り付けるタイプのフェンタニル(商品名デュロテップ)も欠かせない。医療用麻薬より作用がずっと弱いアセトアミノフェンや下熱鎮痛薬もあるので、「およそ70品目のうち最低でも20種類は必要でしょう」。
全国の、地域がん診療連携拠点病院や大学病院を対象とした的場さんらの調査によると、そういった施設でも、揃えている薬の種類には、かなりの施設間格差があった。
痛みの治療を的確に行ってくれる緩和ケア病棟や緩和ケアチームを持っている医療施設ほど、常備している薬が多い傾向があったというが、この調査結果は注目に値する。医療施設を選ぶ際の重要な基準になり得るからだ。
痛みも、セカンドオピニオンを求めよ
今かかっている医療施設で、痛みの治療を受けても痛みが取れないときはどうすればよいのだろうか。
医師や看護師に痛みを訴えても、放っておかれたり、除痛がうまくいかない場合も、治療を諦めないことが肝心だ、と的場さんは言う。
「痛みは我慢していると、神経が感作されて敏感になってしまいます。以前と同程度の痛みであったとしても、患者さんは強く感じたり、鎮痛薬の効果が不十分になりやすくなります。だから、なるべく早期のうちに、痛みの治療を行う必要があります。がんの治療について経験豊富な医師でも、痛みの治療については理解のないこともよくあります。そういう場合は、患者さんが何らかの行動を起こすことも考えたほうがいいでしょう」
たとえば痛みの治療について、院内外の他の医師にセカンドオピニオンを求めていくことも選択肢としてあるだろう。
的場さんも、セカンドオピニオンの依頼を受けたことがあり、「もっと早く相談すればよかった」と患者さんから言われた経験があるという。
セカンドオピニオンを求めるには、どこへ行ったらよいのだろうか。
現在、全国286カ所に設置された地域がん診療連携拠点病院に問い合わせるのがよい。そのなかに「相談支援センター」という窓口があり、対面による相談、電話による相談を受け付けている。
在宅でのがん治療に必要なこと
これからのがん治療は、入院から在宅にシフトされ、患者さんは在宅で治療を受けるケースが増えることが予想される。その際、鍵を握るのは痛みの治療を行う医師の存在だ。
「在宅でのがん治療においては、病状の急変などさまざまな事態が起こります。がんの痛みも強くなったりしますので、薬を変えたり、用量を増やしたりという調整が必要となります。そうした在宅医療を支援する医師は意外と少ないのです」
往診をしてくれる医師本人が医療用麻薬の調整ができなくとも、緊急入院できる病院を紹介し、その病院ときちんと連携が取れていればそれでもよい。普段の痛み治療についても、その病院の緩和ケア医と連絡を取り合って、情報を交換しつつ、治療に当たってくれると心強い。
退院を勧告されてから、あわてて、受け入れ先の病院を探さなくてもよいように、その前に主治医に退院後のことを相談しておくとよいだろう。自宅のある地域で、往診をしてくれる医師や、緊急時に受け入れてくれる病院を紹介してくれるかもしれない。
「看護師やソーシャルワーカーに相談するのもよい方法です。うちの病院を退院後、どこどこの施設に行っている患者さんは多いですよ、などといった情報を持っていたりします」
「そういった機会に恵まれずに在宅治療に移行した患者さんは、先ほど触れた地域のがん診療連携拠点病院に相談をして、緊急時に受け入れてくれるところを確保しておくべきです」と的場さんはアドバイスする。
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