• rate
  • rate

祢津加奈子の新・先端医療の現場13

腹水難民を生み出すな!直ちに苦痛を緩和する腹水治療法

監修●松﨑圭祐 要町病院腹水治療センター長
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年3月
更新:2019年8月

  
松﨑圭祐さん
腹水治療法を開発した
松﨑圭祐さんは
「腹水難民を作らない!」と話す

腹水はなるべく抜かないほうがいいというのがこれまでの常識。ところが、要町病院腹水治療センター長の松﨑圭祐さんは、従来の腹水濾過濃縮再静注法と呼ばれる方法を改良し、体力を落とさずに短時間で大量の腹水を処理することに成功。「腹水は治療できます。抜いて必要な成分を体に戻せば元気になるのです」と新たな常識を打ち立てている。

腹水を抜くと体力低下?

従来の腹水濾過濃縮再静注法(CART法)を改良したKM-CART法で、がん患者さんの腹水治療が可能になった

従来の腹水濾過濃縮再静注法(CART法)を改良したKM-CART法で、がん患者さんの腹水治療が可能になった

がん終末期に、患者さんを悩ませる大きな原因になるのが、腹腔()に溜まる腹水。大量に溜まった腹水は臓器を圧迫してその働きを低下させ、食欲低下だけではなく、呼吸まで困難にする。

だが、これまでがん治療では「腹水を抜けば体が弱る」というのが、常識だった。腹水には、がん細胞だけではなく、免疫に関わるグロブリンやアルブミンというタンパク質が大量に漏出している。腹水を抜くということは、こうした貴重な栄養や免疫物質まで捨てることになり、急速に体力が低下していくだけでなく、さらに腹水が溜まりやすくなるという悪循環を招く。

そのために、腹水で患者さんがどんなに苦しんでいても、「治療の手段がない」「抜けば一気に弱ってしまう」と、治療してもらえないことが多かった。

こうした医療の常識を覆したのが、松﨑さんが生み出したKM-CART法(従来の腹水濾過濃縮再静注法[CART法]を改良した方法)だ。腹水を抜いて濾過し、必要な成分を体内に戻すことで、患者さんは元気になり、再び化学療法ができるようになることもあるという。

腹腔=人間の腹部にある内腔。内部に肝臓・胃・腸・脾臓(ひぞう)などを収めている

4時間で9ℓの腹水採取

腹水を抜く直前は、会話もつらそうだった

9ℓの腹水が溜まっていたKさん。腹水を抜く直前は、会話もつらそうだった

腹水を抜き終わった後、体に必要な成分だけが濃縮された濾過液を点滴する

腹水を抜いていくにつれ、Kさんの声、表情はみるみる明るくなり、会話もはずんだ。腹水を抜き終わった後、体に必要な成分だけが濃縮された濾過液を点滴する

Kさん(73歳、女性)がKM-CART法を受けるのは、今日で3回目。ベッドで上半身を起こすのもつらそうなほど、腹部が大きく膨れている。

午前9時半。ベッドサイドに持ち込んだエコー(超音波検査)で、腹水が溜まりやすく、内臓を損傷しない穿刺部位を確認する。Kさんの場合は、腹部の左下。局所麻酔をしてここに太めの針を刺し、先端に7カ所ほど穴をあけた中心静脈用の細いカテーテルを挿入する。

腹水は急激に抜くと循環血液量が低下して、血圧が落ち、ショック状態に陥ることもある。ちょうどいい速度で抜くには、中心静脈用のカテーテルに穴を開けて使うのがいいそうだ。循環血液量の減少を補うために、腕からは細胞外液やステロイド剤が入った輸液を点滴する。

すぐに、採取バッグには黄色っぽい腹水が落ち始めた。腹水の色は性状によって赤かったり、白濁したりさまざまだそうだ。

Kさんは、大腸がんと肝臓の転移巣を切除したが、6年後に再発。それから2年4カ月にわたって抗がん剤治療を続けてきたが、腹水が溜まり、抗がん剤は打ち切られた。

「苦しいから腹水を抜いて欲しいとお願いしたのですが、また2~3日で溜まるから意味がないといわれ、そのまま退院させられた」という。その後は在宅で頑張ってきたが、腹水がいよいよひどくなり、ホスピスに入ることを決意。そのとき息子さんが、松﨑さんが生み出した新たな腹水治療法、KM-CART法を見つけたのだ。

元の病院では効果がないといわれたが、「お腹がパンパンで動けない。だからトイレも入浴もできない。食事も摂れない状態だったのが、腹水を抜いた直後から食事が入るようになり、1日3回食べられるようになったの」とKさんはうれしそうに話す。排泄も順調になり、座ってテレビを見たり、書き物をしたり、寝込むことがなくなったという。1カ月後には、2回目のKM-CART法を受けた。

「苦しくなったらまた腹水を抜いてもらえるので、すごく気が楽になりました」

そう話している間にも、みるみるお腹は小さくなっていく。それにつれ、Kさんの声は、次第に大きく元気になっていった。結局、この日は4時間ほどで、9ℓ以上の腹水が採取された。

濾過濃縮液を患者さんに戻す

採取した腹水は、処置室に持ち込まれる。といっても、机の上に2種類の管(濾過器と濃縮器)が並び、ここに廃液の 容器や濃縮した腹水を回収するバッグ、余分な水を抜く吸引機などをつないだ、ごくシンプルな装置があるだけだ。

「濾過器と濃縮器につなぐ回路が4本、膜を洗浄する回路も2本しかないですから、簡単に組み立てられます」と、松﨑さん。これも、KM-CART法の強み。

[KM-CART法のしくみ]

KM-CART法のしくみ

外側から内側に向けての濾過で、濾過膜の面積は1.7倍に。目詰まりすれば内側から外側に向けて洗浄する方法を考案した。構成も単純化し、輸液ポンプや吸引装置を利用してローラーポンプを使わなくてすみ、炎症物質も産生されにくくなった

図のように、まずストロー状の濾過膜が詰まった濾過器に採取した腹水のバッグをつなぎ、濾過する。このときに、膜の穴の大きさによって、がん細胞や血球、細菌、フィブリン()などの不要な成分が除去され、濾過した腹水にはアルブミンやグロブリンなどの必要な成分が残る。

この濾過液を濃縮器に通して吸引し、余分な水分や電解質を取り除き、およそ10分の1に濃縮してできるのが、アルブミンやグロブリンなど貴重な成分をたっぷり含んだ濾過濃縮液だ。

この日は、途中で5回、目詰まりした濾過器に勢いよく生理食塩水を注入して洗浄。1時間半ほどかけて1ℓほどの濾過濃縮液が作られた。濾過濃縮液は今晩1晩かけて、ゆっくりとKさんの体に戻される。

「2~3日たつと元気になってあれもこれもしたくなるのよ」とKさんは微笑んだ。

フィブリン=血液凝固に働くタンパク質


同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート4月 掲載記事更新!