ドイツがん患者REPORT 71 コロナ初期対応の検証

文・イラスト●小西雄三
発行:2020年9月
更新:2020年9月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

新型コロナウイルス感染症に関した話題が多い今、国営第2放送ZDFの番組「Plus minus」(7月1日放送)を紹介します。「介護施設での死・この業界で緊急に改善すべきこと」と題したもので、これもコロナに関するものです。

外出禁止令が出され、パンデミックに恐怖を持つ人が増え、ドイツでも様々な問題が起こりました。メディアはスキャンダラスな不手際よりも、今自分たちができること、すべきことを中心に報道していました。僕はそのとき、「新型コロナ感染症への注意喚起と対処法を伝えることを優先し、同時に国民に安心感も持ってもらいたい」というメディアの姿勢を感じました。

ドイツのコロナ死亡の3分の1は、介護施設の老人

7月に入り様々な制約が緩和され、ドイツの人々もコロナに慣れて落ち着いてきたため、初期対応の検証が本格化してきました。

「ドイツの対応がとくに良いとは思わないし、何が正解だったかは、すぐにはわからない。日本もあとになってみれば、それが最善の対応だったとなるかもしれないよ」と、政府の対策について不満を言う日本の友人と話していました。

だから、番組を見ても介護施設の拙い対応に驚きはしませんでした。番組では以前から介護施設や医療現場での衛生状況の悪さを度々指摘していましたし、僕自身何度となくそういう話を耳にしていましたから。

ドイツのコロナ死亡者の3分の1は、介護施設内で起こっています。近親者の訪問と施設内感染が無関係であっても、入所者を守るには外部からの人を遮断するのは最善策です。ところが、施設の職員たちが十分な防疫をしていなかったのです。

最後のお別れに立ち会えなかった憤り

国が強制的に人権を奪う体験をしたのが、今回のコロナ禍での外出禁止令を含めた緊急事態でした。犯罪者でもないのに行動が制限され、友人に会うことさえできない。僕は仕方ないとあきらめましたが、人はそこに矛盾があると、憤りはなかなかおさまりません。

介護施設が近親者を含むすべての訪問者を禁止したことで、ザルツブレンナーは84歳の父の死に立ち会えませんでした。妻である81歳の母もです。

「『2人で共に長く生きてきたのに、それを最後に裏切ってしまった‼』と、母は苦悩しています。結婚して60年、夫の最期を1人で孤独に迎えさせてしまったという事実を母は受け入れることができません」と、彼女は言います。

父は、何度も彼女に「具合が悪い。もう長くはない」と、電話で訴えました。父親は、コロナではありません。それでも施設は面会を拒否し、最期の立ち合いも拒否。彼女は今でもそのことに怒っています。

外出禁止下、膵がんの隣人を救急隊員が搬送するのを見たとき、僕は最期は親しい人に見守られたかっただろうにと思うと、コロナの理不尽さに心が痛みました。でも僕自身は、そのような期待を持ったことはありません。日本を離れるとき、その覚悟をしていたからです。

高齢者施設のコロナ死亡で過失致死の捜査

患者保護協会のE・ブリシュは、すでに3月に「高齢者施設で、恐ろしいパンデミックによる信じられないほどの酷い衛生状況になる」との予測を、州や国に警告していた。

「生命の危険がある患者がいるのに、高齢者施設の防疫装備は話にならない!」と批判。緊急時には、病院から医療者が来なくてはいけないのに、危険すぎるとも。彼の結論は、「経済的に手厚くすれば、改善されるだろう」でした。

以前取り上げましたが、病院や介護施設での感染問題は、今に始まったことではありません。もちろん、改善に費用がかかるのは当然ですが、僕にはそれだけではないと思えてきます。

ヴォルフスブルクの高齢者施設では48人がコロナ関連で死亡し、過失致死の疑いで検察による捜査が始まっています。

「マスクもなしに、し尿や嘔吐物の処理をしていた」と、従事者は壊滅的な衛生状況を告げました。それに対し、施設側は否定しています。管轄する衛生局も、衛生管理不足を指摘していません。

検察は「起訴に充分な証拠収集は困難な状況」と言います。

「いくつかの特例的な違反の証拠をあげることはできます。しかし、それが恒常的な違反だったのか、それを今回のことと結び付けられるかを証明しなければいけません。そして、それらの業務違反を施設が従事者にさせていたのか? という証明になると、今の段階では起訴は無理だと思われます」と続けました。

他にも検察の捜査が入ったところに、ニュールンベルグの高齢者施設があります。そこでは26人が亡くなりました。

「防護服は十分というには程遠かった。介護士たちは多忙とストレスのため、まったくの思考停止状態で、何をすべきかさえわかっていなかった」と、施設の医者は超過労働の従事者たちをそう描写しました。介護施設の欠陥は衛生上の問題だけではなく、従事者への明確な指示も防護服の着用義務も欠けていたことを指摘。

「新しい衛生規定への対応が、遅々として進んでいません」と言うのは、介護研究家のイズフォルト教授で、「大きな施設なら可能でしょう。しかし、経営がうまくいっていない施設などは、節約のために従事者を4、5人解雇するようなことにもつながりかねない」と、懸念も示しました。

それでも「省庁側は最低規定を基本にすべきですが、実際にはそうなってはいません」と批判。規定ができても、すぐには変わらないのは、どこも同じ。その上で、彼は新しい衛生規定でも、第2波をせき止められるかは疑問視しています。

介護士のPCR検査が少なすぎる

ドイツでも介護や医療従事者の防護装備の入手が困難極まりました。N95マスクはまったく入手できないか、入手出来ても価格が高騰していました。

「人命が危険に晒されている。私のおばあちゃんだけではなく、その他15人ものおじいちゃんおばあちゃんの命が!」と言うのは、90歳になる祖母の救急介護に、施設の介護士がマスクなしで来たというJ.キーズリッヒ。

そこで彼女は施設の入居者のためにマスクと手袋を縫い上げ、施設に郵送。しかし、これらの着用は拒否されました。「この施設の住人は、何をするかわからない」という理由で。加えて施設は、「どうぞ、ご心配なく。もうすでに商品は購入し、現在配送中と同僚に聞いていますから」と。この返答に、彼女はどうしても納得がいきません。見ていた僕さえも⁈

それでも防護装備の不足は最近だいぶ解消されてきました。それは、ニュールンベルのAWO介護施設を見るとよくわかります。そこでは訪問禁止の中、32人が感染し、7人が亡くなりました。

「まずは、半数の従事者のPCR検査をしました」と、施設の責任者。

しかし、感染拡大の兆候が見えていたのに、なぜ介護士たちに早く検査をしなかったのか、理由は不明です。施設で14人を担当している介護士は、従事者への検査の遅さが、施設でのコロナ発生・拡散の要因だと言います。

「確かに、検査キットの入手はいつも争奪戦でした。そして入手の段階で、コロナとの戦いの勝敗の半分はもう決まっていて、すでに敗北していた。検査ができない間に、ウイルスは充満していった。早期に検査を受けることができていたら、死亡者を防げた。こういう場所では、それが致命的になる」

今でも、検査は確実には行われていません。介護研究者のM.イズフォート教授は、早急の改善を求めています。

「PCR検査の約束はされています。でも、本当に実行されるかはこの先も不透明です。そして、39ユーロ(約4,870円)の検査が、そのカギを握っています」と言います。

健康省は、「各所轄の衛生局は充分な検査の実行をしており、健康保険がその費用を賄います」と、番組に伝えてきました。

省庁は、たとえコロナ禍でも施設へ訪問でき、もちろん最期に立ち会えるように、近親者の権利の保護に動き始めました。

責任の所在を厳しく追求するドイツの弊害も

責任転嫁のパスワーク?

番組は様々な話が盛り込まれ、散漫な感じ。それでも緊急下で色々な失敗があったが、経済的な余裕があれば解決できるという番組の趣旨は伝わりました。

僕は「本当にそう?」と、疑問です。病院や介護施設の衛生状況が悪いのは、もう長年言われ続けてきたことで、抜本的な改善は今までありません。

ドイツは日本と違い、責任のありかをはっきりさせ、結果責任を取らせようとします。うやむやにすることの多い日本と比べ、ドイツは最後まで追い詰める傾向にあります。それは良い面もありますが、自分の職務の範囲以外のことはしないことにもなっていきます。

「これが理由で、できなかった。だから私たちに責任はない」、という当事者の主張が目立ちます。最終的には「経済的なひっ迫が悪い。金を出さない政府が悪い」とも聞こえてきます。

とくに僕が気がかりだったのは、「充分な防護装備がなかったから、マスクなしは仕方がない」と言ったあたりです。それこそ、「タオルや大きめのガーゼで口元を覆うことはできるのでは?」と疑問を持ちます。

同じころ、日本でも防護服が不足したため何度も使ったり、ビニール袋で自作したのとは大違い。手の消毒は、通常でも当然のこと。それが行われていないのは、物資の不足以前の意識の低さだと思います。工夫して緊急時を乗り切ろうという思考が根本的に欠けている。これには、自分の義務以外のことをしないのは、責任を問われたくないという長年の慣習もあるでしょう。

ドイツはPCR検査をたくさん行いましたが、僕は検査が足りていても、防護装備が充分であっても、施設内感染は起こっていたと思います。

この時点で「自分は感染していないから大丈夫。だから、人から院内感染しないようにしよう」という介護者が多かったのなら、防疫の効果は薄かったように思います。「感染するかは自己責任」という意識が強かった時期ですから。

自分でもうがった見方をしているなと思いますが、ドイツに30年以上住んでいても慣れないことの1つに、責任の所在を重視するあまり、問題解決を見失う傾向をよく経験したからです。

8月初旬の段階で、ドイツの感染者数は日に1,000人くらいで落ち着いています。マスク着用義務とか、飲食店では密接を避けるなどの最低限の緩和はまだまだ先になるでしょう。「命が先か、経済か!」 の問答は無意味で、現在の状況をいかにマネージメントしながら、幸福な生活をするかに人々の考えは変化しているように見えます。バカ騒ぎをしたい人もいますが、まずは今、自分たちが社会の新ルールを守りながら、以前のような日々が戻って来ることを望んでいます。

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