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グリベックの10倍以上の効力を持つ新しい分子標的薬も近々承認
分子標的薬の登場で大きく変わる白血病治療

監修:畠清彦 癌研有明病院新薬開発臨床センター長
取材・文:平出浩
(2008年6月)

畠清彦さん
癌研有明病院
新薬開発臨床センター長の
畠清彦さん

分子標的薬のグリベックの登場で慢性骨髄性白血病の治療法は従来の治療法から大きく変わることになった。グリベックを服用した実に95パーセントの人が5年後も健在なのだ。だが、「これほど効く」グリベックでも、長期服用すれば耐性が現れ、薬の効果は薄くなり、いずれ効かなくなる。しかし、グリベックに続く新しい分子標的薬も登場し、近々承認される見通しになっている。その新薬開発最前線で活躍する癌研有明病院新薬開発臨床センター長の畠清彦さんに白血病治療の現状と今後の展望について聞いた。

慢性骨髄性白血病の治療はグリベックの登場で変わった

写真:グリベック錠剤
従来の治療法を大きく変えたグリベック錠剤

白血病は主に「急性骨髄性白血病」「慢性骨髄性白血病」「急性リンパ性白血病」「慢性リンパ性白血病」の4つに分けられる。

この中で、日本人の成人に最も多いのは急性骨髄性白血病で、これに慢性骨髄性白血病が次ぐ。慢性リンパ性白血病は白人には多いが、日本人には非常に少ない。骨髄性とリンパ性で比較すると、成人では、およそ4対1で骨髄性が多い。

近年、前記4つの白血病の中で、とりわけ慢性骨髄性白血病に対する治療法が注目を集めている。それは、グリベック(一般名イマチニブ)が登場したことが大きい。

グリベックは分子標的薬の1つで、従来の抗がん剤とは異なり、分子標的のある細胞に焦点を合わせ、それのみを攻撃することができる。その点、がん細胞だけでなく、正常細胞にも大きなダメージを与える抗がん剤とは大きく異なる。抗がん剤を無差別攻撃にたとえるなら、分子標的薬はスナイパー(狙撃兵)といえるかもしれない。しかも、このスナイパーはかなり腕がいい。このことについては後述する。

慢性骨髄性白血病の治療はこれまで、同種造血幹細胞移植、抗がん剤治療、そしてインターフェロン治療の3つが主に行われていた。これらの治療法は、今も慢性骨髄性白血病に使われているのだろうか。

「イマチニブがグリベックという商品になったのは2000年です。その当時は、同種造血幹細胞移植も抗がん剤治療もインターフェロン治療も、慢性骨髄性白血病の治療として、引き続き行われるだろうと思われていました。しかし今では、いずれもほとんど行われなくなった。これは画期的な変化といえるでしょう」

癌研有明病院新薬開発臨床センター長の畠清彦さんはこのように話す。そして「現在では、グリベックが慢性骨髄性白血病の第1選択の治療法になっている。飲み薬で、通院で治療できます」と付け加える。治療の負担が小さいことは、患者にとってはうれしい限りである。

しかし一部、グリベックが使えない人もいる。それはたとえば、胃を切除していて、グリベックを服用すると下痢や便秘が激しく出る人や、服用すると皮膚の発疹が強く現れてしまう人などだ。こうした人は「不耐性」と診断され、グリベックを内服できない。しかし、その割合はごく少ない。

また、同種造血幹細胞移植、抗がん剤治療、インターフェロン治療のいずれかの治療を以前受けて、病状が進展してしまった人には、グリベックは効かない。

慢性骨髄性白血病の95%に奏効

グリベックは慢性骨髄性白血病の治療を大きく変えた。しかし、急性骨髄性白血病など、ほかの白血病には効果がないのだろうか。畠さんによると、次のような現状である。

急性リンパ性白血病では、およそ20パーセントの人にグリベックの効果が期待できる。ただし、グリベック単剤では奏効せず、アドリアシン(一般名ドキソルビシン)など、従来の抗がん剤と併用して治療する必要がある。

急性骨髄性白血病の人には、1~2パーセントほどに効く可能性がある。しかし、急性骨髄性白血病の患者に対する臨床試験はまだ行われていないため、実際のところ、今はまだはっきりとはわからない。

日本人にはごく少ない、慢性リンパ性白血病はグリベックの適応にはなっていない。しかし、エンドキサン(一般名シクロホスファミド)やフルダラ(一般名リン酸フルダラビン)などの抗がん剤が奏効する。

[グリベックが慢性骨髄性白血病に効く仕組み]
図:グリベックが慢性骨髄性白血病に効く仕組み

グリベックが第1選択の治療法になった慢性骨髄性白血病の場合は、100パーセントには及ばないが、約95パーセントの人に効果が期待できるという。

「グリベックが奏効するか否かには、ある染色体が関係しています。それはフィラデルフィア染色体で、この染色体を持っている人に対してのみ、グリベックは効果を発揮します」と畠さんは話す。

染色体は遺伝子の束で、人には46本の染色体がある。フィラデルフィア染色体とは、細胞の中で隣り合わせに位置する9番目と22番目の染色体が途中から切れて、入れ替わってつながった染色体である。これによって、ablとbcrという2つの遺伝子が融合し、異常なタンパクが生じる。この異常なタンパクは無秩序かつ無制限に造血幹細胞を増殖させ、慢性骨髄性白血病や急性リンパ性白血病を引き起こす。

グリベックは異常なタンパクを標的にして、このタンパクが出し続ける「白血病細胞を作れ」という指令をブロック(遮断)する作用を持っている。これによって、白血病の増殖を防ぐことができる。

繰り返せば、慢性骨髄性白血病患者の約95パーセント、急性リンパ性白血病患者の約20パーセント、急性骨髄性白血病の1~2パーセントにグリベックは奏効する。この割合は、フィラデルフィア染色体が陽性の割合でも同じである。

[ヒトの染色体]
ヒトの染色体

人の染色体は46本 丸で囲んだ箇所が9番目と22番目の遺伝子

[フィラデルフィア染色体]
ヒトの染色体

フィラデルフィア染色体は9番目の遺伝子と22番目の遺伝子が途中から切れて入れ替わってつながった(相互転座という)もの