さまざまなタイプの分子標的薬を使い分けながら、長期生存をめざす
転移性腎がんの治療に光明! タイプの違う分子標的薬が次々に登場
埼玉医科大学国際医療センター
包括的がんセンター泌尿器腫瘍科
診療科長・前立腺センター長の
上野宗久さん
ここ数年で転移性腎がんの薬物療法はめざましい変化を遂げている。さまざまなタイプの分子標的薬が次々に登場しているからだ。
それぞれの作用はどんなふうに違うのか。どんな副作用が現れて、患者さんはどんなことに気をつければよいのか。
新しい分子標的薬が2剤ほぼ同時発売に
2010年、転移性腎細胞がんの新しい分子標的薬が2剤、日本で発売され、健康保険で使えるようになりました。いずれもmTOR阻害剤と呼ばれる薬で、アフィニトール(一般名エベロリムス)とトーリセル(一般名テムシロリムス)です。
分子標的薬とは、体内の特定の分子に働き、がん細胞の増殖を止める薬のこと。
この数年、次々に新しい薬が開発され、標準治療(今現在、最も根拠のある治療法)として、治療ガイドラインに組み込まれています。
転移性腎細胞がんの分子標的薬としても、すでに08年、ネクサバール(一般名ソラフェニブ)とスーテント(一般名スニチニブ)の2剤が発売されていますが、こちらはチロシンキナーゼ阻害剤と呼ばれる薬です。
タイプの違う分子標的薬が出そろい、転移性腎細胞がんの薬物治療は、インターフェロンを中心とする従来の治療から大きく変わりつつあります。ここでは、新しく登場したmTOR阻害剤についてご説明し、患者さんが上手に治療を受けられるようお手伝いをしたいと思います。
がん細胞に新しく血管をつくらせず、増殖を抑える
腎臓は血液から老廃物をろ過して、尿をつくり出す器官です。尿は尿細管という細い管を通じて腎盂に集められますが、腎細胞がんはこの尿細管に発生し、腎臓の組織に広がります。血管が多いことが特徴で、血流を通じて肺などにも転移します。
以前は血尿や痛みなどの自覚症状によって発見されましたが、最近は検診や何かの検査のとき、ごく小さなサイズで見つかるようになりました。ほかの臓器に転移がない場合、腎臓を切除すれば多くが根治します。がんの大きさやできた場所によっては、腎臓を残すこともできます。
その一方、発見時に転移している症例や、手術後に再発する症例もあります。そうした症例に対し、80年代には生理活性物質サイトカインの製剤(インターフェロンα、インターロイキン2)を使った免疫療法(サイトカイン療法)が始まり、以来約25年間、転移性腎細胞がんの代表的な治療として行われてきました。
しかし、サイトカイン療法の奏効率(がんが縮小した人の割合)の低さ(約10パーセント)が問題であり、もっと効果のある薬が待たれていましたが、なかにはがんが消えてしまう人がいることや副作用が比較的管理しやすいことなどから、今なお根強く行われています。しかし、ここ数年でようやく待ち望んだ新しい薬が認可・発売されるようになりました。それが分子標的薬です。
腎細胞がんの約8割を占める淡明細胞がんは、がんを抑える働きをするVHL遺伝子が変異していることが多いといわれています。VHL遺伝子はVHLタンパクをつくりますが、このタンパクは低酸素状態をつくり出す物質、低酸素誘導因子(HIF)を取り除く働きをします。
ところが、変異したVHL遺伝子の場合、正常なVHLタンパクはつくられず、HIFは取り除かれずに集積して低酸素状態を生み出します。すると、がん細胞は酸素を得ようとして血管を伸ばすために、血管の細胞を増やす血管内皮増殖因子(VEGF)を異常につくります。そうして、がんに栄養や酸素を運ぶ血管がつくられ、がんが増殖します。
08年に発売されたネクサバールとスーテントは、VEGFによる血管細胞の増殖命令を受け取るVEGF受容体の働きを抑え、がん細胞に栄養や酸素を送ることをやめる「兵糧攻め」でがんの増殖を防ぐ薬です。
一方、昨年発売されたアフィニトールとトーリセルは、mTORという細胞の代謝、増殖を調節している酵素の働きを抑える薬です。腎細胞がんはmTORが異常に活性化し、がん細胞の増殖を促進し、VEGFを産生したりするのが特徴ですが、その活性を抑えることで、チロシンキナーゼ阻害剤とは違うルートでがんの増殖を抑え、血管がつくられるのを防ぐのです。
2次治療の新たな選択肢アフィニトール
ネクサバールとスーテントは同じチロシンキナーゼ阻害剤ですが、転移性腎細胞がんの薬物治療で最初(1次治療)に使うのはスーテント、サイトカイン療法が効かない場合の2次治療に使うのがネクサバールという標準治療が定着しつつあります。
このように、従来のサイトカイン療法に加え、チロシンキナーゼ阻害剤も2剤登場し、転移性腎細胞がんの治療は確立したように見えました。事実、チロシンキナーゼ阻害剤の登場は患者さんにとって福音でしたが、残念なことに、1年ほどで薬が効かなくなる症例が出てきました。これを治療抵抗性といい、分子標的薬に共通する特徴です。また、手足症候群(*)など、無視できない副作用のため、投薬を中止する例も増えました。
そこに登場したのが、mTOR阻害剤です。日本を含む世界10カ国で、チロシンキナーゼ阻害剤が効かなくなった患者さんを対象に、アフィニトールの第3相国際共同臨床試験(最終段階の臨床試験)が行われ、偽薬に比べてがんが小さくなっただけでなく、がんが大きくならずに生存する期間(無増悪生存期間)の延長も確認されました。
なお、この試験で偽薬を割り当てられ、がんが大きくなってしまった患者さんは、途中からアフィニトールに変更することが許可されました。こうした症例を「クロスオーバー」といいますが、クロスオーバーによる影響を補正すると、全生存期間も延長したものと推測されます。めざましい効果といえます。
アフィニトールのとくに優れた点は、1次治療で使われたチロシンキナーゼ阻害剤の種類にかかわらず薬効があること、そして、ハイリスク(進行が早く悪性度が高い)ながんから悪性度の低い穏やかながんまで、すべての腎細胞がんに有効なことです。しかも、2次治療のアフィニトールが効かなくなっても、3次治療で別のチロシンキナーゼ阻害剤が効くという、ありがたい利点もあります。
*手足症候群=手足の皮膚が腫れたり、ちょっとした刺激でむけたりする副作用