度重なる再発でも、治療しながら旅行にいった患者さんも
再発卵巣がんと長く穏やかに付き合う新たな切り札~がん休眠化学療法
難治性再発卵巣がんに対する
新たな治療方法を提言する
小林裕明さん
卵巣がんは再発してしまうと、治癒はなかなか難しい。そういった中、従来の高用量の抗がん剤で強い治療を行うのではなく、その人にあった用量で、がんを大きくさせず、がんが進行しない期間を少しでも長くする、「がん休眠化学療法」という治療法が今、注目されている。
新薬が出てきたものの再発すると、厳しい
卵巣がん治療ガイドラインによれば、初回治療の方針は「腫瘍は手術でとれるだけとり、術後に抗がん剤治療を行う」となっている。
薬剤の基本はタキサン系とプラチナ系の2剤併用で、タキソール(*)とカルボプラチン(一般名)の2剤を投与する方法が一般的。2剤の頭文字をとり、TC療法と呼ばれている。
再発した場合は同様の薬剤やイリノテカン(一般名)などが使われてきたが、ドキシル(*)、ハイカムチン(*)、ジェムザール(*)が09年~10年に相次いで保険で使えるようになった。
とはいえ、再発した卵巣がん患者さんの治療は依然として厳しい。とくに、最初の治療で効果が現れなかった場合、2度目に治療を行っても、進行抑制期間は2~3カ月と思わしくなく、新たな治療法が待ち望まれているのが現状。
こうした状況の中、新しく注目されているのが、九州大学大学院医学研究院生殖病態生理学准教授の小林裕明さんが取り組んでいる「がん休眠化学療法」と呼ばれる治療だ。
*タキソール=一般名パクリタキセル
*ドキシル=一般名リポソーマルドキソルビシン塩酸塩
*ハイカムチン=一般名トポテカン
*ジェムザール=一般名ゲムシタビン
がんの縮小よりも進行しない期間
[がん休眠化学療法における薬剤量の考え方]
[個別に適正薬剤量を設定するテーラード化学療法の利点]
「治すことを目的とする治療の臨床試験などでは、抗がん剤の投与量が決まっています。人体が耐えられるぎりぎりの量(最大耐用量)を基に計算された推奨投与量で、すべての患者さんに同じく投与されます。『縮小なき延命なし』と考え、指標はあくまでがんの縮小率です。けれども、膵がんのように見つかったときにはすでに進行していて予後のよくないがんや、再発して治癒するのが難しくなったがんなどでは、抗がん剤でがんを小さくしても延命につながらないことが多いのです。がんの縮小を目指さないほうがいいのではないかと、次第に違う指標が求められるようになりました。その新しい指標が、がんの大きさが『長く変化しないこと』です。がんを大きくせずに一定の大きさに維持し、転移や浸潤をさせない期間、つまり、進行させない期間を少しでも延長することで、予後の厳しい患者さんの延命をはかる。これががん休眠化学療法の考え方です」
進行再発の患者さんでは、治癒することは難しく、次の目標としては、いかに長く病気と共存するかということ。であれば、がんの進行を抑えられる一方で、なるべく治療による副作用が少ないことが必要だ。そこで、「がん休眠化学療法を世界に先駆けて提唱した高橋豊さん(国際医療福祉大学教授)は、個人が最も長く続けられる量(個別化最大継続可能量)を探りながら、抗がん剤を投与する方法を考案されました。その量は1人ひとり違うので、『テーラード投与量』とも呼ばれています」
高用量の抗がん剤を一律に投与すると、代謝の盛んな患者さんは副作用は軽いものの効きが悪く、「効果なし」と中止されてしまう。一方、代謝のよくない患者さんは抗がん剤の毒性と副作用でQOL(生活の質)が悪くなり、中止されてしまう。
その点、テーラード投与では毎コース微調整するので、高代謝の患者さんには多めの抗がん剤が、低代謝の患者さんには少なめの抗がん剤が投与されることになる。これでがんの進行が止まればどの患者さんもQOLよく過ごすことができる。
だから、進行再発した厳しいがんの患者さんでも、抗がん剤の長期継続による延命を期待できるのだ。
少量・頻回投与の利点を加える
小林さんのグループでは、がん休眠化学療法にもう1つ、「メトロノミック」という考え方をプラスして「メトロノミックがん休眠化学療法」の臨床試験を行っている。
メトロノミックとは米国のフォルクマン博士とカナダのカーベル博士が発案した「メトロノミック・ケモセラピー」にちなむもの。既存の抗がん剤を1度に大量でなく、少量・頻回に投与することで、がんの血管新生を阻害し、進行を抑えようという治療法だ。絶え間なくリズムを刻むメトロノームのように投与されることから命名された。
がんは大きくなるのに栄養が必要なため、自前の血管を作って、増殖しようとする。抗がん剤を投与すると、がんが作った血管の細胞も死滅するが、月に1度の大量投与だと、がんは休薬期間中に抗がん剤に慣れ、血管が増殖して腫瘍を増大させる。一方、少量・頻回だと常に血管新生を阻害するため、がんが大きくならない。フォルクマン博士とカーベル博士はこれを実験で証明したという。
「がんの血管新生を阻害する薬として、アバスチン(*)があります。そのアバスチンと同様に血管新生を抑制し、副作用が少なく、QOLを保てる可能性が高いという点で、メトロノミック・ケモセラピーは注目されています」
*アバスチン=一般名ベバシズマブ