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薬が効かなくなっても次の薬に切り替えながら長期生存をめざそう
再発卵巣がんに使える抗がん剤の選択肢が次々に増加中!

監修:藤原恵一 埼玉医科大学国際医療センター婦人科腫瘍科教授
取材・文:町口充
(2011年3月)

藤原恵一さん
埼玉医科大学国際医療センター
婦人科腫瘍科教授の
藤原恵一さん

女性のがんの中でも早期発見が難しく、進行した状態で見つかることが多い卵巣がん。それだけに化学療法への期待が高いのですが、ここ1、2年の間に新しい抗がん剤がいくつも保険診療で使えるようになって治療法の選択肢が広がっています。

早期発見が難しい卵巣がん

卵巣がんは40歳代ぐらいから増えていき、50歳をすぎるころがピークとなるので、更年期前後から閉経後の女性に発症しやすいがんです。

早期に発見されれば治癒率は高く、がんが卵巣内にとどまっている1期の段階なら、ほとんどの人が助かっています。

しかし、実際には1期で見つかる人は30パーセントほどにすぎません。多くは3期(がんが骨盤外にまで広がっているか、リンパ節転移がある)、4期(遠くの臓器やリンパ節にまで飛び火する遠隔転移〔〕がある)で見つかります。早期発見が難しい理由を、埼玉医科大学国際医療センター婦人科腫瘍科教授の藤原恵一さんはこう語ります。

「卵巣は親指の頭ほどの大きさで、体の奥のほうにあります。動かないようしっかりと固定されているわけではないので、がんが大きくなっても周囲の臓器を圧迫しません。このため腸を圧迫して通過障害を起こしたりしないし、出血もあまりないので症状に乏しい。がんがある程度大きくならないと画像診断でもとらえられないので、どうしても発見が遅れてしまいます」

このように、転移があるなどして進行した段階で見つかることの多い卵巣がんは、手術だけでは治らず、化学療法の重要度が高いがんだといえます。

遠隔転移=最初に発生した(原発)腫瘍から離れている臓器やリンパ節に飛び火して成長したがん

患者団体の声に押されてついに承認されたドキシル

幸いなことに「卵巣がんは抗がん剤がよく効くがんです」と藤原さん。

現在、卵巣がんの化学療法の標準治療は、タキソール(一般名パクリタキセル)とカルボプラチン(一般名)の併用により、静脈内に点滴投与する方法。それぞれの薬の頭文字をとってTC療法とも呼ばれます。この2剤併用療法により、患者さんの生存期間はかなり延長しました。

しかし、卵巣がんは再発する人も多く、長年化学療法を続けるとがんが薬剤に対する耐性を持つようになります。また、TC療法が効きにくいがんも存在します。

そこで、薬剤耐性を持ったがんや、TC療法が効きにくいがんに有効な抗がん剤の登場が待望されるようになり、09年、ようやく「化学療法後に増悪()した卵巣がん」の治療薬として厚生労働省から承認されたのがドキシル(一般名ドキソルビシン塩酸塩)です。

ドキシルはすでに世界80カ国以上で使われていて、海外では標準とされている薬。ところが日本では、日本人の臨床試験のデータが乏しいなどの理由でなかなか承認されませんでした。このため欧米より日本の承認が大幅に遅れる「ドラッグ・ラグ」の1つとして大きな問題になり、ドキシルの有効性を指摘する専門医の団体や患者団体の声に押された形で、ようやく承認に至ったのでした。

さらに昨年8月には、ハイカムチン(一般名トポテカン)とジェムザール(一般名ゲムシタビン)がやはり「化学療法後に増悪した卵巣がん」の治療薬として、近々承認されることを前提に、承認前でも保険適用を受けられることになりました。これも「ドラッグ・ラグ」解消につながる大きなニュースです。

増悪=病状がますます悪くなること

承認前の薬の保険適用で広がる選択肢

日本の医療においては、厚労省から薬として承認されなければ保険適用になりません。ドキシルはようやく承認され保険適用となったのですが、ほかにも、海外では使われているのに日本では未承認の薬が多数あります。

そこで、新しく登場したのが「公知申請」という制度です。

「公知」とは、文字通り世間に広く知られていることを意味します。海外では標準的に使われているのに日本では保険適用外の薬について、臨床試験などを行わなくても専門家の詳細な検討をもとにして「医療上の必要性が高い」と判断した場合、承認前でも保険適用を認めようというもの。

藤原さんはこう語ります。

「公知申請による保険適用は、今までかたくなで一切改めようとしなかった厚労省の承認システムに、1つの風穴を開けた出来事だといえます。今回の公知申請によりハイカムチンとジェムザールが保険で使えるようになったことで、すでに承認されていたドキシルと合わせて、ここ2年で一挙に薬の選択肢が3つ増えたわけですから、患者さんにとって朗報であることは間違いありません」

さらに藤原さんによると、タキソールのウィークリー(毎週)投与法についても公知申請が行われていて、これが認められれば選択肢はもう1つ増えるといいます。少数例ながら、再発卵巣がんに対して、3週ごとのタキソール投与が効果がなくなった場合でも、1回の投与量を減らして毎週投与したら効いたという報告があるのです。

「これが保険適用になれば、再発卵巣がんの患者さんに対して単剤で治療を続ける場合、これまでに承認されていた薬に加えて、ドキシル、ハイカムチン、ジェムザールの3つの薬に、タキソールのウィークリー投与が加わり、選択肢は4つ増えたことになります。

実は専門家の目からすると、3つの薬が使えるようになったことで、患者さんの予後()が画期的によくなるとはあまり思ってはいません。けれど、使える薬がなくなって、『もう治療法はありません』と言わなくてすむようになったのは大きい。患者さんにとって医者から『もう治療法はありません』と言われることが1番つらいですからね。選択肢が4つ増えて1つずつ使い分けていくと、1つの治療法が最低3カ月ぐらい使えたとして、1年くらいは延命できるでしょう」

また、「プラチナ感受性」という、プラチナ系の薬(カルボプラチン)を使った初回治療終了後6カ月以上たってから再発するタイプの患者さんに対して、もう1度プラチナ系の薬を使うと効果が得られる可能性も考えられます。

プラチナ感受性の患者さんに対して、プラチナ系のカルボプラチンと併用して使う薬としてきちんとしたエビデンス(科学的根拠)のある薬は、タキソールしかありませんでした。しかし、欧米のデータでは、タキソール併用より、ドキシルを併用したほうが優れているとの試験結果が出ており、こちらにも期待が高まっています。また、ジェムザールと併用したほうがカルボプラチン単剤より有効だというデータもあります(図1)。

予後=今後の病状の医学的な見通し

[図1 ドキソルビシン塩酸塩の効果(無増悪生存期間)(CALYPSO試験)]
図1 ドキソルビシン塩酸塩の効果(無増悪生存期間)(CALYPSO試験)

Pujade-Lauraine E. et al, J Clin Oncol 2010:28:3323-3329