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世界に先駆け初承認された分子標的薬ロズリートレクの課題 共通の遺伝子変異を標的とする臓器横断的がん治療薬

監修●瀬戸貴司 九州がんセンター呼吸器腫瘍科非常勤医師
取材・文●半沢裕子
(2021年1月)

「日本でもロズリートレクのようなバスケット試験を、主な遺伝子変異についてだけでも行えば、臓器横断的な薬剤の適応が可能だと思います」と語る瀬戸貴司さん

共通の遺伝子変異があれば、がんの種類を問わず効果が期待できるがん治療薬。一見、夢のような分子標的薬ロズリートレクが、世界に先駆けて日本で迅速承認され、販売開始されてから1年あまりが経った。

販売開始直後には日本癌治療学会ほか3学会合同による『成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン』も刊行されている。期待される臓器横断的ながん治療薬の現状と今後について九州がんセンター呼吸器腫瘍科非常勤医師で、元臨床研究センター臨床腫瘍研究部治験推進室長の瀬戸貴司さんに聞いた。

特定の遺伝子変異があれば 様々ながんに使える薬

分子標的薬ロズリートレク(一般名エヌトレクチニブ)は、NTRK融合遺伝子陽性の進行・再発固形がんの治療薬として2019年9月4日、販売開始された。

NTRKとは神経栄養因子受容体チロシンキナーゼのことで、細胞の分化や増殖に関わるTRKタンパクを生成する(表1)。

正常なNTRK遺伝子が何らかの原因で他の遺伝子と融合すると、NTRK融合遺伝子という異常な遺伝子ができる。このNTRK融合遺伝子から生成されたTRK融合タンパクは、エネルギー源であるATP(アデノシン3リン酸)と結合すると、がん細胞を増殖するよう指令を出し続けるため、がん細胞がどんどん増えてしまう(図2)。

ロズリートレクはこのTRK融合タンパクに結合し、ATPが結合できないようブロックすることで、がん細胞の増殖を抑える薬だ。がん遺伝子パネル診断を用いた遺伝子解析の進歩により、TRK融合タンパクをつくり出すNTRK融合遺伝子を持っているかが調べられるようになったことから、NTRK融合遺伝子を有する(陽性)進行・再発固形がんに対し、適応となった(図3)。

注目を集めたのは、肺がん、乳がんなどがん種ごとに治験を行うのではなく、NTRK融合遺伝子陽性という特徴をもつさまざまながんの患者さんを対象に治験を行い、承認を得ている点だ。臓器横断的という意味では、2018年12月、キイトルーダ(一般名ペンプロリズマブ)が高頻度マイクロサテライト不安定性を有する進行・再発の固形がんに対し、承認されている。

特定の遺伝子変異があるがんに、がん種を問わず投与できる治療薬の第1号だが、機序は違うもののその第2号ロズリートレクは迅速承認により世界初の販売開始が認められた。まさに、臓器横断的ながん治療という新しいアプローチに対する期待が非常に高いことを表していると言っていいだろう。

「これまでの分子標的薬は肺がん、乳がんなどのがん種別に、ドライバー遺伝子に変異があるかを調べ、変異のある患者さんに向けて治験が行われ、開発されてきました。それは、1つのがん種にその変異のある患者さんが一定数いることがわかっていたためです。肺がんにおけるEGFR、ALK、乳がんにおけるHER2などがその代表です」と説明するのは、ロズリートレクの治験を担当した九州がんセンター呼吸器腫瘍科非常勤医師/元臨床研究センター臨床腫瘍研究部治験推進室長の瀬戸貴司さん。

「一方、NTRK融合遺伝子を持つ患者さんが様々ながんに存在することはわかっていましたが、何しろ非常に数が少ない。数が少ないと、1つのがん種で治験を組むことはできず、新薬の開発はまず不可能ということになります。ですから、NTRK融合遺伝子を持つ様々ながんの患者さんを集めた試験で結果を出し、それにより『遺伝子変異を調べてNTRK融合遺伝子陽性という結果が出たら、がん種を問わずロズリートレクが投与できる』といった道が開けたのは、これまでの薬剤開発にはない新しい点だと思います」

高頻度マイクロサテライト不安定性=マイクロサテライトとはDNAに散在する1~数個から成る塩基配列の繰り返しのこと。DNAは複製されるときエラーが生じることがあるが、通常ミスマッチ修復(MMR)タンパク質の複合体などにより修復される。ところがMMR機能が欠損しているとエラーが修復されず、マイクロサテライトが通常と異なる反復回数を示すことがあり「マイクロサテライト不安定性」という。これが高頻度に起こるとDNAのエラーが修復されず、がん化すると考えられている

ドライバー遺伝子=がん発症や悪性化の直接的な原因となる遺伝子。分子標的薬や抗体医薬などの治療薬の標的とも考えられている