FP黒田尚子のがんとライフプラン 67

2019年7月1日からの「相続法」改正とは?・後編

黒田尚子●ファイナンシャル・プランナー
(2019年10月)

くろだ なおこ 98年にFPとして独立後、個人に対するコンサルティング業務のかたわら、雑誌への執筆、講演活動などを行っている。乳がん体験者コーディネーター。黒田尚子FPオフィス公式HP www.naoko-kuroda.com/

2019年1月からスタートしている相続法の改正点について、今年7月1日からの主な変更内容を前編・後編の2回に分けて、ご紹介しています。

前編では、長年連れ添った妻などに自宅を譲渡し易くした「婚姻期間20年以上の配偶者への自宅贈与」と、故人の預貯金を一金融機関あたり150万円まで引き出せる「遺産分割前の払戻し制度」について説明しました。

続いて後編では、「遺産分割前の遺産範囲の見直し」、「遺留分侵害額請求権の創設」、「被相続人の介護者の特別の寄与」の3つについてポイントをご紹介しましょう。

その3:「遺産分割前の遺産範囲の見直し」とは?

遺産を相続人で分ける前に、遺産の全部または一部が処分されてしまった場合、現行では、処分した遺産については、遺産分割の対象外として、その時点で残っている遺産のみを分割することになっていました。

処分した人が共同相続人に含まれていたとしても、その相続人は、処分して得た利益分を差し引かれることはありません。他の相続人と同じように遺産をもらうことができます。結果として、その相続人は、他の相続人よりも多くの遺産がもらえることになってしまうため、不公平が生じていました。

そこで改正では、遺産分割前に処分された財産について、処分した相続人本人を除いた共同相続人全員の同意があれば、遺産分割時に遺産として存在するものとみなして、その相続人の相続分から差し引かれることになりました。

分割前に使い込みがあれば、それが考慮されるということです。従来よりも公平な遺産分割が期待される反面、相続発生後、使い込まれた財産があるかどうかなど、遺産分割手続きが長引く恐れもあります。

がん患者さんが亡くなった後、入院費や医療費などの精算で多額なお金が必要になるケースもあるでしょう。トラブルにならないよう、家族間でどうするかよく話し合っておくことをお勧めします。

■図 現行制度と改正によるメリット

一部の相続人の最低限の取り分である「遺留分制度」とは?

遺留分(いりゅうぶん)とは、遺贈や生前贈与などによって、特定の者だけが、多額の財産を取得した場合でも、一定の法定相続人(遺留分権利者)に限り、特別に最低限の財産の取り分(遺留分)を取り戻すことを認める制度です。

もともと、自分の財産をどのように生前贈与しようが、亡くなった後に分けようが相続人の自由なはずです。

しかし、遺族の立場からしてみると、一家の大黒柱を失い、これからの生活に不安を感じている中、「財産を全部●●に寄付する」などと書かれた遺言が出てきたら、さぞ困惑してしまうでしょう。

そこで民法では、遺族のこれからの生活や被相続人の財産の形成に貢献した人の潜在的な持ち分を考慮し、被相続人の財産であっても、自由に処分できる財産の割合に制限を設けているのです。

遺留分権利者は、法定相続人である配偶者、直系卑属(ちょっけいひぞく:子・孫など)またはその代襲相続人、直系尊属(両親・祖父母など)です。兄弟姉妹に遺留分は認められていません。

また遺留分の割合は、相続人が直系尊属のみの場合は全財産の1/3、その他の場合は全財産の1/2ですから、多くの場合、法定相続分の1/2と覚えておくと良いでしょう。

その4:図表⑦「遺留分侵害額請求権の創設」とは?

では、今回の改正で創設された「遺留分侵害額請求権の創設」とは何でしょうか?

遺留分については、遺留分権利者が何もしなくても良いわけではなく、遺留分を侵害している受遺者や受贈者、あるいは他の相続人に対して、その侵害額を請求してはじめて遺留分を取り戻すことができます(遺留分減殺請求)。

遺留分減殺請求をすると、遺留分を侵害している贈与などは、その侵害額の限度で効力を失い、原則として減殺された財産は、その限度で遺留分権利者のものとなります。

基本的に、減殺された財産そのものを現物で返還しなければならず、お金で支払うのは例外という位置づけです。

しかし、その財産が土地や建物などの不動産の場合、代わりにお金で支払うこともできますが、それはあくまでも例外。相手が応じなければ、不動産を共有名義にするしかなく、そうなると売却も困難で結果的に塩漬け状態になってしまうという弊害がありました。

今回の改正では、遺留分権利者は、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いのみを請求できる(遺留分侵害額請求)。つまり、遺留分が金銭で解決できるようになったわけです。

その5:図表⑧「被相続人の介護者の特別の寄与」とは?

これまでは、相続人以外の親族が被相続人の介護や看病をした場合、相続人ではありませんので、遺産を相続することはまったくできませんでした。

イメージしやすいので、これに該当する人を「長男の嫁」と仮定して説明しましょう。

今回の改正では、長男の嫁も、被相続人の介護や看病に貢献し、「特別の寄与」があったと認められた場合、相続人に対して、金銭の請求をすることができるようになったのです。

ただし、「無償で」かつ「被相続人の財産の維持または増加に多大な貢献をした場合」という条件付きで、ハードルは低くありません。

例えば、家族として、社会通念上当然とみなされる程度の介護や看護は認められず、「傍に付き添ってもらって、精神的に安心できた」なども該当しません。

「その介護者が介護に従事したことで、介護費用を支払わずに済み、結果的に財産を減らさずに済んだ」等であれば、認められるとされていますが、長男の嫁は、そのための「証拠」となる正確な介護記録をつけておく必要があります。

特別寄与料は、一般的な訪問介護の場合の介護報酬基準(日額最大1万円程度)の約6割で計算するとみられています。介護や看護はかなりの重労働ですから、「え? それだけ?」と感じる方もいるのではないでしょうか?

原則として、特別寄与料の金額と請求は、当事者間での協議で決まります。

仮に、協議が調(ととの)わない場合や協議ができない場合、家庭裁判所に決定してもらうことも可能です。とはいえ、相続から6カ月以内に申請しなければならない上、法定相続人でない相続人の相続には2割増しの税金がかかります。

そこで、遺産分割協議の際に、介護記録をもとにして概算額を提示して、法定相続人である夫(長男)の相続分を多くしてもらうか、介護者(両親)が生存中に生前贈与してもらうほうが現実的と言えそうです。

高齢の親ががんになって、その後、看護や介護が必要となるケースも考えられます。自分の場合は、「特別な寄与」に該当するのかなど、わからなければ、日本司法支援センター(法テラス)などで相談してみてください。

 

今月のワンポイント 今回の相続法の改正の背景にあるのは、相続に関する親族トラブルの増加です。改正によって、相続の選択肢の幅が広がるようになりました。財産のない方も「ウチは無関係」などと安易に思い込まず、情報収集してみてください。相続が発生してからではできることは限られてきます。何事も元気なうちからやるべきことを把握して準備しておけば安心です。