体と心をケアする処方箋 3
上手につきあって更年期を快適に! PART-1
むらかみ まり 緑風荘病院産婦人科医師。 産婦人科専門医、麻酔科標榜医。 1988年新潟大学医学部卒。 関連病院等の勤務医を経て2002年より現職。 雑誌、テレビ等での女性の悩みに対する適切なアドバイスが好評。更年期女性への理解も深い。 アクティブバースを提唱し、母乳育児支援ネットワーク幹事としても活躍。 |
村上麻里さん
更年期は、女性が通り抜けるプロセスのひとつ
「更年期になったらどうしよう」「気づかないうちに通り過ぎてくれればいいけど……」。マイナスのイメージばかりがつきまとう「更年期」。自分には関係ないと思いたい、認めたくないという心理も働きがちですが、最近では生き方・暮らし方を見つめ直すチャンスとしてとらえる女性も増えてきました。
「更年期」の医学的な定義について、村上麻里さんは次のように説明します。
「人間の一生は、幼年期から思春期、生殖期、老年期へと移行していきますが、生殖期から老年期に移る過渡期の期間を更年期と呼んでいます。女性の場合は、年齢とともに卵巣の機能が低下し、排卵と女性ホルモン産生機能が急速に失われ始め、やがて閉経を迎えます。日本では、閉経を中心とした前後10年くらいを更年期ということが多いですね」
更年期は、女性が年齢を重ねれば自動的に通るプロセスのひとつなのです。
「12カ月以上生理がなければ閉経と考えられます。検査法として、黄体ホルモンを投与して出血を認めないときも、閉経と判断します。閉経年齢は45歳から56歳と幅があり、平均値は50.5歳です」(村上さん・以下同)。
40代後半から50代で更年期を迎える人が多いといえるでしょう。閉経の前兆としては、周期が短くなる、または間遠になる、日数が短くなる、反対に量が多く長く続くなどの生理不順がみられるのが普通です。
30代後半くらいに更年期のような症状が出ることがありますが、村上さんによると「それは更年期ではなく、ストレスなどでたまたま排卵がうまくいかなかったために起こる症状です。また、40歳未満でホルモン値が閉経と同じ状態になるのは、早発閉経という病的なもので、更年期とは別物」とのこと。
子宮頸がんや子宮体がん、卵巣がんなどで、左右の卵巣を摘出した場合、若年層でも更年期症状と同様の症状がみられます。
のぼせや冷え、イライラ、不眠……。更年期の症状はじつにさまざま
更年期になっても、だれにでもその症状が現れるわけではなく、個人差があります。
「訴えが多いのは、顔や上半身がほてる、汗をかくなどのホットフラッシュと呼ばれる症状です。冬場、寒い屋外から暖かい部屋に入ったときや、夏、暑いところから冷房の効いたところに入った直後など、温度が急激に変化すると起こりやすいようです。
このほか、イライラする、肩がこる、手足が冷えるなどの訴えも多いもの。一人の方に複数の症状が出ることも珍しくありません。多彩な自覚症状があるのに、検査では異常がないのが不定愁訴の特徴です。日常生活に支障をきたすほど強い場合は、更年期障害と呼ばれます」
他科では治らないのでいろいろ調べてみた結果、更年期の症状だったとわかり、えっ? これが更年期? と驚く患者さんも多いそう。
「皮膚を蟻がはうような感覚、蟻走感は、日本人にはわりと少ないようですね。うつの傾向がある方、自律神経失調症状や不眠傾向が強い方もいます」
村上さんの診療日に定期的に通ってくる50代前半のある女性は、診察前に待たされるとイライラして、「もういいっ!」と物を投げつけたりすることがあったとか。「診察室に入っても、最初は何も話さずに具合が悪そうな表情でジィッと座っていらっしゃるんです。大丈夫? などと声をかけているうちに、内科に行っても風邪が治らない、とか、整形外科や心療内科でも薬が増えた、とか、ぽつぽつ話し始め、コミュニケーションができてくる。これ以上お薬を増やすと大変だし、冷えが強いから手足の冷えに効く漢方薬にしましょうね、と言うと最後は、ニコッとして帰られます」
更年期症状のおもな原因は、エストロゲンの低下
[図2:女性ホルモンの流れ]
このような更年期の症状はなぜ起こるのでしょうか。
「卵巣の機能が低下して、女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)が分泌されなくなることが、さまざまな不調のおもな原因です。ホルモンバランスの乱れが原因とよくいわれますが、そんなあいまいな表現でお茶を濁してほしくないですね」と、村上さん。
グラフ1を見てください。エストロゲンの量は、40歳を過ぎると急速に減少します。卵巣から分泌されるもうひとつの女性ホルモン、プロゲステロン(黄体ホルモン)も加齢とともに同じように減りますが、更年期の症状に関係するのは主にエストロゲンだそうです。
ここで女性の生理について、おさらいしておきましょう。女性ホルモンは、閉経前には月単位で周期的な変化をしています。卵巣からは、エストロゲンとプロゲステロンという2種類の女性ホルモンが分泌されますが、自然に出るわけではありません。脳の下垂体から卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体化ホルモン(LH)が指令を出すので、その量がコントロールされます。
卵巣と脳、双方のホルモンが働きかけ合う相互作用(フィードバック/図2)によって、卵巣では排卵が起こり、受精卵が着床しやすいように子宮内膜の状態も変化していき、妊娠が成立しなければ、内膜がはがれる月経となり、ほぼ28日周期で繰り返されます。
一般に、閉経まではこのようなホルモン環境が続きますが、卵巣機能が衰えてくると、エストロゲンが分泌されなくなり、ホルモン環境が一変するのです。卵巣のホルモン不足をキャッチした脳下垂体は、卵胞刺激ホルモンを分泌して、卵巣にエストロゲンを出せとの命令を下しますが、卵巣が反応しないため、さらに刺激ホルモンの量を増やします。この変化が脳の下垂体や視床下部のストレスにもなります。
「多様な症状の主因は、今まで活発に働いていたエストロゲンがなくなることですが、脳のストレスも自律神経失調症状を起こす一因になります」