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放射線人体への影響
事故発生時から現在、そして今後の放射線の影響を正しく知る
原発事故による放射線の影響 不必要に怖がらず、必要な対策を

監修:米原英典 独立行政法人 放射線医学総合研究所 放射線防護研究センター規制科学研究プログラムリーダー
取材・文:皆川美紀子
(2011年9月)

米原英典さん
「放射線の影響について、
現状に合った正しい情報を
伝えていきたい」と語る
米原英典さん

福島第1原発事故による放射性物質汚染が健康被害を及ぼすのではないか、がんを増長させるのではないかと懸念する患者さんは少なくない。事故発生から現在までの放射線による汚染の実態、食品の安全性は一体どうなのだろうか。
不必要に怖がらないためにも、正確な情報をここで1度整理しておこう。


-放射線が人体に及ぼす影響- 放射線はDNAを傷つけ、細胞を破壊する

放射線による人体への影響は、大量の放射線を1度に浴びる高線量被曝と、低量の放射線を長期にわたり浴びる低線量被曝で分けて考える必要がある。一般市民で問題となるのは低線量被曝だ。

「100ミリシーベルト以上の大量の放射線を短期間に浴びた場合、数週間から数カ月以内に白内障や造血機能の低下、やけどなどを発症するリスクがあります。しかし、現時点で我々が考えなければならないのは低線量被曝であり、その主な健康被害はがんです。放射線を浴びてから数年~数10年が経過すると、がんを発症する可能性が高くなることがわかっています。とはいえ、放射線を浴びた方がすべてがんを発症するわけではありません」と、放射線医学総合研究所で放射線防護に詳しい米原英典さんは話す。

[放射線による細胞の破壊とその回復]
放射線による細胞の破壊とその回復

放射線はDNAを傷つけ、その傷が大きい場合は細胞が死ぬ。人体にはそのような傷を回復させる機能があるが、修復ができずに残った傷が何らかの原因でがんに進展することになる

放射線はDNAを傷つけ、その傷が大きい場合は細胞が死ぬ。多くの場合は死に至らず小さい傷を受けるが、人体にはそのような傷を修復し、元通りに回復させる機能がある。しかし、ごく一部の傷は、修復ができずに残り、その一部が何らかの原因でがんに進展することになる。

「原爆の放射線のように1度に大量の放射線を浴びると、がんに至るような細胞の傷が多いと考えられ、がんを発症するリスクは高まります。しかし、動物実験や培養した細胞を用いた研究の結果によると、ゆっくりと放射線を浴びる場合は、急に浴びる場合と比べて、同じ線量を受けても、リスクが小さいことがわかっています。国際放射線防護委員会(ICRP)では、『被曝した放射線の総線量が同じならば、低線量被曝時のリスクは高線量被曝時の2分の1に換算する』としています」

チェルノブイリ事故や原爆との違い

[低線量での放射線発がんリスク推定]
低線量での放射線発がんリスク推定

多くの国民から被曝による将来の健康被害を心配する声があがっているが、実際のところはどうだろうか。

「チェルノブイリ原発事故では小児の甲状腺がんが増加したという報告から、不安の声は高まっていますが、チェルノブイリの場合、対策が十分ではなかったため、住民は放射性ヨウ素を大量に含んだ牛乳を飲み続けていました。その点では、わが国では、放射線量の暫定基準値を超える水、食品を摂取しないよう注意喚起が行われ、基準値を超えた食品は出荷が制限されています。また、広島・長崎原爆被爆者の健康影響が放射線影響研究所を中心に調査されており、放射線の長期的な影響も明らかにされています。原爆被爆者12万人(被爆していない人を含める)を対象とした調査から、200ミリシーベルト以上の大量の放射線を浴びると、被爆線量が高いほどがんになりやすいこと、そして被爆から2~10年後に白血病患者が増え、それ以後には白血病以外のがん患者が徐々に増えることがわかっています。

しかし、およそ100ミリシーベルト未満の低線量被曝した場合には発がんリスクの上昇は明確には確認されていません」

100ミリシーベルト以下でのがんによる死亡は?

[低線量被曝の影響(がん死亡率)]
低線量被曝の影響(がん死亡率)

200人いると、60人ががんで死亡し、そのうち放射線が原因と考えられるのは1人となる

国際放射線防護委員会では、年間100ミリシーベルト以下の低線量被曝時のがんによる死亡のリスクを推定している。その内容について米原さんは次のように解説する。

「国際放射線防護委員会の推定によると、低い放射線量の場合、生涯に浴びた放射線の総量が100ミリシーベルトになってはじめて、放射線によるがん死亡率が0.5パーセント増加することになります。現在の日本人のがんによる死亡率は約30パーセントであるので、ある日本人集団全員が100ミリシーベルトの放射線を浴びたときを考えると、がんによる死亡率は30.5パーセントに上昇することになります。1000人が100ミリシーベルトの放射線を浴びた場合、がんで死亡するのは305人となりますが、そのうち放射線が原因と考えられるのは5人というわけです」

確かに生涯に浴びた放射線の量が大量の場合、放射線を浴びていない人よりもがんになる確率がわずかに高くなる。しかし、「放射線の影響がなくても食事やタバコなど生活習慣によってがんは発症します。大量の放射線を浴びない限り、放射線以外の要因、たとえばタバコでがんになるリスクと比べたら、放射線によってがんが増加するリスクのほうが小さいことも知ってほしいと思います」と米原さんは話す。

被曝への過剰な恐れが生むリスク

がんにかかったことのある方、がんを治療中の方、免疫力の低下している高齢者では、放射線の影響を受けやすく、健康な人より発がんリスクが高いのではないか、と不安を抱いている方も多い。しかし、米原さんは次のように指摘する。

「がん患者さんで放射線被曝によるがんの発現リスクが高くなるというデータはありません。それよりも、がんなどの病気を発見したり、診察のために行うX線やCTなど放射線を用いた検査、がんに対する放射線治療を受けることに抵抗を示す患者さんが増えることのほうが問題です。もしも検査や治療を受けないことによって、病気の発見が遅れたり、がんの進行を食い止めることができなくなったりすれば、健康への悪影響は大きいといえます。もちろん、同じ検査を何度も受けるような不要な被曝は避けたほうがよいのは当然ですが、必要な医療に対する過度の恐れは、逆に健康被害のリスクを高めてしまいます」