赤星たみこの「がんの授業」
【第十五時限目】遺伝性のがん がん家系だからといって、悲観することはありません
赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト
1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。
巷では「がん家系」という言葉をよく耳にします。「がん家系が存在する=がんは遺伝する」そんなイメージを持っている人もいるでしょう。私もそう思っていました。
しかし、実際のところ、ほとんどのがんは遺伝しないのです! がんという病気はご存知の通り、細胞の設計図である遺伝子が傷ついて変化し、細胞が異常増殖することによって起こります。
「遺伝子? そっか、やっぱりがんって遺伝するんだ」
そんな早とちりをしてしまう私みたいな慌てものはいませんか? みなさん、ここが肝心なところです。よく聞いてください。
「遺伝子が傷ついてがんになる」ということと、「がんは遺伝する」ということはまったく別物なんですね。なぜならほとんどの場合、がんにつながる遺伝子の変化は後天的なものだからです。
細胞のがん化のプロセスは、一朝一夕に起こるものではありません。毎日の生活の中で、放射線や化学物質、ウイルスなどの「発がん物質」に触れることによって、ゆっくりと進みます。がん患者の多くが高齢者なのは、このためです。
つまり、がんというのは先天的な病ではないのです。生まれてから何十年もの間に、さまざまな要因が積み重なり、遺伝子が傷つくことによって起こる病気です。言ってみれば、がんとは「切り傷」みたいなもの。切り傷を作りやすい生活習慣が問題なのであって、切り傷そのものが遺伝するわけではない。傷を作らないように注意深く生活していれば何事も起こらないわけです。
だから、ほとんどの場合「がんは遺伝しない」と見ていいでしょう。
遺伝性のがんはレアケース
では、遺伝性のがんというものは、この世に存在しないのでしょうか。
残念ながら、遺伝性のがんはたしかに存在します。卵子や精子、受精卵が成長を始める初期の段階で、すでに遺伝子の変化が起こっていた場合には、がんになりやすい遺伝子の異常が親から子へと受け継がれます。つまり、先天的な遺伝子の異常がある場合に限っては、がんは遺伝してしまうのです。
や、やっぱり……。と、また暗くなってしまうヒトはいませんか? そんなにおびえなくても大丈夫。遺伝性のがんがすべてのがんに占める割合は、約1~5パーセントといわれています。つまり、95~99パーセントのがんは遺伝性ではないんです。しかも遺伝子というものは二つで1セットになっています。このうち、どちらか一方の遺伝子が傷ついただけでは、がんは発症しません。がんが遺伝するということは、二つセットの遺伝子の一つが変化した状態にあるということです。しかし、相棒の遺伝子も一緒に変化しない限り、がんにはならないのです。
まず、遺伝性のがんはレアケースであるということを念頭に置いてください。そこから今日の勉強を進めましょう。
がんになりやすい生活習慣や体質
遺伝性のがんとしてよく知られているのが、乳がんや卵巣がん、大腸がんの一部など。これら遺伝性のがんに共通するのは、「ある特定の遺伝子の変化が原因」ということです。
乳がんや卵巣がんの原因としては、BRCA1とBRCA2という二つの遺伝子があることがわかっています。これらの遺伝子を持っている人で、その遺伝子の一部に傷がつくと、残りの正常な遺伝子にも変化が起きやすくなり、かなりの高率で乳がんや卵巣がんになるといわれています。
また、大腸がんにも遺伝性のものがあります。その一つが家族性大腸ポリポーシス(FAP)です。これはまず最初に、大腸粘膜のAPCという遺伝子が傷ついてポリープが発生し、続いてK-RAS遺伝子やp53遺伝子が変化することによって発症する病気です。 遺伝性の大腸がんとしては、この他に「遺伝性非ポリポーシス大腸がん(HNPCC)」があります。同じ大腸がんで遺伝性であったとしても、原因となる遺伝子が先ほどのFAPとは異なります。
私たちは、同じ家族の中に複数のがん患者さんが出ただけで、十把一からげに「遺伝かも」と疑ってしまいがちです。でも、がんが遺伝するしくみさえ知ってしまえば、むやみに不安を覚える必要は全くないのですね。第一、がん全体に遺伝性のものが占める割合自体、たった5パーセントしかないのですから。
「がんの遺伝とは非常にまれなケースである」。そのことは、いくら強調してもしすぎることはないでしょう。
でも……それにしては、“がんになりやすい家系”というのが、たしかにあるような気がしませんか? 現に私自身が子宮がん、姉が乳がん、祖母が胃がんという家系なのですから、以前は「私はがん家系だ」と思い込んでいました。
実際、がん患者が出やすい家族というのはたしかに存在するようです。しかし、そうした場合でも、遺伝性のがんが受け継がれているケースはごく一部にしかすぎません。たまたまがん患者が多く出た家族は、遺伝というより、その家族が同じ生活習慣や体質を共有していることが原因の場合が多いのです。
このように、同じ家族や親族の間で頻発するがんのことを、「家族性腫瘍」と呼びます。
では、がんになりやすい生活習慣や体質とは、どのようなものでしょうか。
まずはがんになりやすい生活習慣について。これはすでにいろいろなことがわかってきています。
がんは遺伝子の変化によって発生します。その引き金となるのが、化学物質や電磁波、排気ガス、タバコなどの発がん物質と、偏った食生活です。なかでもがんの最大の原因とされているのがタバコと食生活。各々、がんの原因の3割ずつを占めています。
私も若い頃は、一日に5箱のタバコを吸っていました。そして、家族の中でがんを発症した祖母と私と姉は喫煙者だったのです……。ということを考えると、がんとタバコの関係は本当に深いと思います。
しかし、100歳まで元気に長生きするヘビースモーカーもいらっしゃる。がんになりやすい体質、なりにくい体質、というのがあるかもしれません。がんになりやすい体質というのはまだ未解明の部分が多いのですが、各個人が持っている酵素の分泌状態などで、抗がん剤の効き目が違ったりすることもあるそうですから、そういうところが「体質」といえるのだと思います。